詩音と海と温かいもの

「あ、これこれ。口紅を贈るのって「あなたにキスしたい」って意味だってさ」

「えっ」

「あとねえ、ブレスレットは「束縛したい」、腕時計は「同じ時をずっと過ごしたい」、ピンキーリングは「あなたをずっと思ってる」だってさ。重……っ」

「ピンキーリング?」


 なにそれ。

 首を傾げたら、寧々子は転がっていた私のスマホを拾った。


「このストラップに付いてる小さい指輪。小指用の指輪をピンキーリングって言うんだよ」

「なるほど……えっ、私も匠海さんに上げちゃったよ」

「そういうことじゃない?」

「そういうこと!?」


 私が、匠海さんに「あなたをずっと思ってる」って……?

 いや、好きだけど、そういうんじゃ……?


「よくわかんないな……」

「あらら、まだおこちゃまの詩音には難しかった?」

「そうかも」


 好きな人とかいたことないし、考えたこともない。

 ああ、でも、匠海さんは「我慢してる」って言ってた。

 そういうことを「したいけど、しない」って。

 や、やっぱり好きなのかな、私のこと……。


「あれこれごちゃごちゃ言っちゃったけど、詩音は匠海さんに好きって言われたらどうするの?」

「どうしよう……?」


 考えたこと、なかった。

 私は、考えたこともないことだらけだ。

 とにかく実家から離れることだけを考えてきたから、他の誰かのことなんて、全然考えてこなかった。


「嫌じゃないと思う」

「うん」

「私も匠海さんのことは好きだけど、彼氏とかの好きかはわかんないな」

「キスできる?」

「えっ、キス!?」


 できるかな……?

 そもそも普段からくっついて寝てるから、その延長でキスされても、私は反応できないと思う。

 そしてそれは、私はたぶん嫌じゃない。


「わかんないな……」

「じゃあ、匠海さんが他の女にキスしてたら?」

「泣く」

「そういうことでしょ」

「そういうこと、なのか……」


 想像したくもないな、匠海さんが他の誰かとキスしてるだなんて。

 手を繋いで歩くのも、一緒に寝るのも、全部私としてほしい。

 ……子どもっぽい独占欲だと思ってたけど、それだけじゃないのかも。


「まあ、その感じならそんなに急がなくていいと思うけど」

「……うん」

「でも、どっちにしろ考えないといけないと思うよ」

「何を?」

「試験の返却の後に進路調査票配るってさ」

「あー、そっか。そうだよねえ」


 春休みが終わったら三年生だ。

 だいたいは内部進学だけど、外部の高校に行く子もいるし、内部進学でも特進コースを狙う子もいる。

 私は内部進学だからあまり気にしてなかったけど、その後の大学の話や、進路によっては資格取得のための選択科目も考えないといけないんだ。


「うう、考えたくない……」

「それこそ、匠海さんに相談すれば? 大学生なんだし」

「そうする……」


 私は、寧々子にリムーバーを返した。

 グロスを落として、寧々子と食堂に晩ごはんを食べに行く。


「そういえば、珠紀はバレンタインどうだったの?」


 ふと思い出して聞いたら、寧々子は苦笑した。


「んー、なんか『二番目なら』みたいなことを言われたらしくて」

「うっわ、ない……」

「ね。珠紀も目が覚めたってさ」


 食堂で晩ごはんを選びながら、私は匠海さんのことを考えた。

 私は、匠海さんとどうなりたいだろう。

 匠海さんは、私とどうなりたいと思ってくれているだろうか。


 トレーを持った手首をちらっと見たら、匠海さんがくれた腕時計が、時間を刻んでいた。