詩音と海と温かいもの

 二月に入って二回目の金曜日、私、矢崎詩音は高等部の家庭科室にやってきた。


「よろしくお願いします!」

「任せてよ!」


 先輩たちが笑顔で頷いた。



 来週はバレンタインだから、匠海さんに何か渡したい。せっかくだし手作りしたくて、高等部の家庭科部が主催するチョコレート菓子作りのイベントにやってきた。

 なぜか珠紀も一緒に来た。寧々子も誘ったけど、


「あたし、試食担当だから」


 と断られた。


「珠紀は振られたんじゃないの」

「う、ごめんって。振られたけど、諦めてないの!」


 珠紀がぐっと手を握って調理台に向かったから、私も付いていった。

 今日作るのはクッキーと生チョコ。


「混ぜて焼くだけ、混ぜて固めるだけ! どっちかがダメでも、どっちかを渡せる! はず!」


 と、先輩たちが力強く説明してくれたので、頑張りたい。


 実際やってみると、どっちもそんなに難しくなくて、ちゃんとできた。

 クッキーはちょっと歪んじゃったけど、焼ければそんなに形は悪くないし。

 たぶん、この一年近く匠海さんと一緒に料理をしていたからだと思う。

 私は手伝いくらいだったけど、食材をきちんと計量するとか、混ぜるときに手加減をするとか、そういうのが当たり前にできた。


 珠紀はそうはいかなかったみたいで、


「混ざんない!」「だいたいじゃダメなの?」「ダマになった……」


 と騒いで、先輩たちに手伝ってもらっていた。


「なんで詩音はそんなにすんなりできるのよ」

「珠紀がロリコンって馬鹿にした人に教わってたからだよ」

「もー、ごめんてば。いいもん、できなくたって。家事はお手伝いさんいるし」


 珠紀は唇を尖らせて、ボウルにこびりついたクッキー生地をこそげ取っていた。


「いつまでも実家にいるならね。私は兄さんと姉さんがいるから、そうはいかないよ」


 私も同じように、ボウルから生チョコの生地をこそげて型に流し込んだ。


「同じような家に嫁げばいいでしょ」

「やだ。私は私を大事にしてくれる人といたい」

「……それが、あの人なの?」

「さあ……」


 どうなのかなあ。

 そういう目で匠海さんを見たことがなかった。

 ていうか、私は自分が安心して寝られる場所が欲しいだけで、彼氏とか旦那さんとか、考えたことがない。そこまで考える余裕がなかった。

 考えるのを止めて、チョコを流した型を冷蔵庫に入れた。

 珠紀からボウルを受け取って一緒に洗い、立てかけておいた。


「詩音、なんか慣れてるね」

「そう?」

「うん。所帯じみてる」

「珠紀はいちいち嫌み言わないと気が済まないわけ?」

「そういうつもりじゃないけどさ。なんかあたしとは違うなって思っただけ」

「同じ人なんていないよ」


 うーん、我ながら言い方が夜みたいだった。

 私は匠海さんは大好きだけど、それはそれとして夜と美海も好きだ。

 夜の落ち着いて丁寧に話すところと、美海のしっかりしていて勢いがあるところが好きだから、つい同じようにしたくなる。


 珠紀は不満そうにオーブンを覗き込んでいた。

 どっちかっていうと、不安なのかもしれない。一度振られた相手に「それでもあなたが好きなんだ」と言いに行くのが不安じゃないわけがない。

 だからって、私に八つ当たりされても迷惑だけど。


 クッキーが焼けたら、粗熱を取ってラッピングした。袋やリボンも先輩たちが用意してくれて、至れり尽くせりだ。

 固まった生チョコも、おしゃれっぽい箱に入れれば完成!

 寮の部屋に戻って、味見用に分けておいたものを寧々子と食べた。


「すごいじゃん、おいしい」

「でしょでしょ。明日は朝から行ってくるね」

「うん、頑張って。珠紀は?」

「なんとかできてたよ。日曜日に渡しに行くって言ってた」

「二人とも、上手くいくといいね」

「私は受け取ってもらえればそれでいいよ。珠紀のことは知らない」

「あはは、まだ怒ってる」

「うん。私、しつこいから」


 匠海さんに渡す分は、部屋の冷蔵庫に入れておいた。

 明日は朝一で待ち合わせをしてるけど、喜んでくれるといいな。