詩音と海と温かいもの

 勢いをつけて寝返りを打った。

 詩音ちゃんがぽかんとした顔のまま、ベッドに仰向けに転がった。

 俺は四つん這いで詩音ちゃんに覆いかぶさった。

 鼻が触れるか触れないかの距離まで、顔を寄せる。


「詩音ちゃんは、自分で思ってるよりかわいくて、きれいな女の子だから、俺は余計なことをしないように、いつも気をつけてるんだよ」

「……そう、なの?」

「そうだよ。未成年に手を出すのは法律的にダメだからさ」

「法律的に」


 詩音ちゃんは棒読みで繰り返した。


「そう、法律的に。それに、俺は詩音ちゃんを傷つけたくないし、嫌われたくない。君の居場所を俺が奪うようなことをしたくない」


 少し様子を見る。

 詩音ちゃんは目を丸くして俺を見ていた。


「だからさ、俺が詩音ちゃんに何もしないのは、君が子供っぽいからでも、魅力がないからでもないんだ。俺が君より年上で、成人していて、君を大事にしたいと思っているからだ。……っていうことを、ご理解ください」


 一気に言い切って、詩音ちゃんの横に転がった。

 なんか、最後の方は何が言いたいか分からなくなって、ごちゃごちゃしちゃったけど、どうだっただろう。

 分かってくれただろうか。

 まあ、俺自身、何を分かってほしくて話していたのかよく分かんねえから、ダメなんだけど。


 詩音ちゃんを見ると、困ったような顔をしていた。


「ごめん、詩音ちゃん。怖がらせた?」

「えっと、怖くは、ないと思う。あのね、どう思えばいいかわかんない」

「そうだよなあ。俺も自分で何言ってんのか分かってなかったし」

「……今日は、泊まっていい?」

「いいよ。俺がこの部屋に住んでる間は、いつだって泊まっていいし、遊びに来ていい」


 そう言うと、詩音ちゃんは安心した顔になった。


「あの、寝るときは別々に寝たほうがいい?」

「今まで通りでいいよ。俺も詩音ちゃんを抱きしめてる方がよく眠れるし」


 もちろん我慢もしてるけど、それは今さらだし、それを言ってこれ以上困らせたり、怖がらせたりしたくなかった。それに、ワガママだし、矛盾してるけど、距離を置かれたくなかったから。


「何か、詩音は気をつけたほうがいいことや、しないほうがいいことはある?」

「何もない。今までどおりにしていてくれていい。俺が我慢してることだけ、知っててくれたらいいよ」


 詩音ちゃんは眉間にしわを寄せて、目をぎゅっと細くした。

 たぶん、俺が言ったことの意味を考えているんだろう。


「んー、んー……、つまり、匠海さんは詩音とえっちなことがしたい?」

「言い方! もうちょいなんかあるだろうが」

「ご、ごめんなさい……」

「したくなくもないけど、しません!」

「そうなの?」


 たぶん、分かってないんだろう。

 まあ、いいんだ、それで。


「詩音ちゃん」

「なあに」

「昼飯は何がいい?」

「お昼? あのねえ、七草粥」

「七草粥?」


 意外なメニューだった。


「寮で食べたけど、ぜーんぜん美味しくなかったの。でも、匠海さんが作ってくれたら美味しいかもなあって思ったんだ」

「ふうん。嬉しいこと言ってくれるじゃん。じゃ、昼飯は七草粥にするか。つっても、七草は売ってないかもしれねえから、良さそうな食材を買いに行こうか」

「行こう、行こう。……手はつないでいいの?」

「当たり前だろ。今までしてたことは、全部そのまましていい。手えつないでいいし、抱きついていい。俺のことも抱きしめてくれ」

「うん!」


 詩音ちゃんはパッと笑顔になって、俺の腕の中に収まってきた。

 全然買い物に行けないけど、今はこの子を抱きしめていたかったし、彼女の不安や嫌な気持ちがなくなるなら、俺はいつまでだってそうしていたかった。