詩音と海と温かいもの

 参道を歩き、鳥居を抜けて家に向かう。

 お節とお雑煮がいつまで続くかなんて話をしていたら、匠海さんが立ち止まった。


「あ、たっくん。久しぶり」

「あー、うん。久しぶり……」


 匠海さんを呼び止めたのは、きれいなお姉さんだった。

 たぶん匠海さんと同じくらいの年齢で、笑顔で手を振っていた。


「たっくん、その子今カノ?」

「や、彼女とかじゃねえけど」

「ふうん。すごくきれいな子と手をつないでるからびっくりしちゃった。たっくん、今大学生だよね? どこ大?」


 そのお姉さんは私を一瞥すると、匠海さんに近寄った。

 なんか、嫌だなあ。胸の奥がモヤモヤする。さっき助けてもらって安心した気持ちが、またどこかに行っちゃった。

 でも匠海さんは私の手を強く握っていた。

 見上げると、少し困ったような顔で話している。

 私はつないだ手を、ぎゅっと引っ張った。


「匠海さん、私は先に帰ってようか?」

「ごめん、待たせちゃって」


 匠海さんは絡んでいた指をほどいた。

 「えっ」と思う間もなく、肩を抱き寄せられる。


「悪いけど、帰るところなんだ。じゃあね」


 さらっと挨拶して、匠海さんは歩き出した。

 少し歩いたところで立ち止まって、私の肩から手が離れた。

 かわりに、匠海さんは両手で私の頬を包んだ。


「詩音ちゃん、帰ったらコーヒー淹れてよ。昨日買ってきたタンブラーにさ」

「うん」

「一緒に食べるおやつを買って帰ろう」

「わかった」

「お節がなくなったら、何食いたい?」

「えっとね、お蕎麦。年越し蕎麦、食べてないから」

「わかった。俺が用意していい?」

「うん。でも一緒に用意するよ。詩音、匠海さんが料理してるところ見るのが好きだから」


 そう言うと、匠海さんはなぜかちょっと泣きそうになった。


「……そっか。ごめん。帰ろうか」


 手が離れた。力なく下ろされてしまったから、私はその手を取る。

 匠海さんの手は、大きくて、固くて節くれ立っていて、あっちこっちに火傷や切り傷があった。

 私の細くてやせっぽちの指を絡めて、強く握った。


「帰ろう。匠海さん」

「……うん」


 歩き出そうとしたら、ふと視線を感じた。

 振り返ったらさっきの女の人が、同じ場所で立ち尽くして匠海さんを見ていた。

 またモヤモヤが胸に広がったから、匠海さんの手を引いて、屈んでもらう。

 背伸びをして、耳元に口を寄せた。


「あのね、チョコ食べたい」

「コンビニ寄って行こうか」

「うん」


 今度は振り返らないで歩き出した。