詩音と海と温かいもの

「お前は、どうしてそう、他人の迷惑になることしかできないんだ!」


 そう、私、矢崎詩音に怒鳴ったのは、小崎町に住む母方の祖母だった。

 隣にいる匠海さんになんてかまいもせずに、おばあちゃんはよたよたと私に歩み寄ってきた。


「なんだい、わたしに迷惑をかけるだけに飽き足らず、川瀬の小僧にまで色目を使って! これだからあの男に似た小娘なんて嫌いなんだよ!」


 唾を飛ばして怒鳴るおばあちゃんに、私は何も言えなかった。

 匠海さんのこと、そんなふうに言わないで。

 私を助けてくれた大事な人に、そんなひどいことを言わないで。

 心臓がドキドキして、喉が詰まって、言葉が出ない。


「やだ、やめて、おばあちゃん……」

「あんたみたいな穀潰しが、わたしをおばあちゃんなんて呼ぶな! あの男と同じ顔で、わたしの前に現れ――」


 おばあちゃんの声が、突然遠くなった。

 代わりに耳が温かくなって、驚いて顔を上げたら、匠海さんが私の耳を塞いでいた。


「た、匠海さん……?」


 匠海さんは穏やかな笑顔で私を覗き込んだ。


「詩音ちゃん、ベイクドモチョモチョ食べようか」

「えっ、え……なんて……?」


 何を言われたか、全然わからなかった。

 おばあちゃんは一瞬ぽかんとしてから、匠海さんを睨んだ。


「お前が余計なことをしたから! その小娘が調子に乗るんじゃないか!」

「詩音さんのことは、きちんと親御さんから預かっていますので」


 私の耳を塞いだまま、匠海さんは言った。


「これ以上、我が家に関わられるようであれば、今までのこともすべて、詩音さんの親御さんと町内会に報告します」

「お、脅す気かい!? 老い先短い老いぼれをいじめて楽しいか!」

「なんとでもどうぞ。詩音ちゃん、こっち」


 匠海さんは私の手を取って歩き出した。

 振り返ると、おばあちゃんが鬼の形相で睨んでいて、私が父に似ているせいだと分かっていても、やっぱり悲しかった。

「はい、どうぞ」


 少し歩いた先で、匠海さんは今川焼きを買った。

 それを二つに割って、大きい方を私に差し出した。


「……ありがとう」

「あんこでよかった? カスタードとチョコレートも売ってたよ」

「あんこでいいよ。カスタードとチョコは買って帰って、家で一緒に食べたいな。ねえ、さっきのベイクドなんとかって、何?」

「ベイクドモチョモチョ? ネットミームだね。そう言ったら、詩音ちゃんの気が逸れるかと思って」


 匠海さんは手にしていた今川焼きを一口で食べた。

 私は昨日から、ずっと匠海さんに助けられている。

 ……本当は、もっと前からだけど。

 私も食べ終えて、今度は一緒に今川焼きを買った。

 紙袋に入れてもらって、大事に抱える。


「じゃあ、帰ろうか。お参りはしたし、おみくじも引いたし」

「そうだね。あ、さっそく匠海さんに救われちゃった」

「だろ? そのために隣にいたからさ」


 匠海さんは屈託なく笑って、私の手を取った。

 離れたくなくて、つい指を絡める。

 すぐに同じように握り返された。見上げたら匠海さんも私を見ていて、さっきまでの悲しい気持ちが和らいだ。