詩音と海と温かいもの

「匠海さん、ありがとう、迎えに来てくれて」


 少し歩いて、家が見えなくなったところで匠海さんの手を取った。

 街灯に照らされた匠海さんは、困ったような、恥ずかしいような顔で私を見ていた。


「いや……ごめん、怒鳴っちゃって」

「詩音は嬉しかったよ。匠海さんが怒ってくれて。でも、今からだと小崎町に着けるかなあ?」


 片手でスマホを出して時刻表を確認した。

 でも年末の臨時ダイヤだから、小崎町の辺りの路線がいつまで動いているかよくわからない。

 年明けにかけて都内は一晩中電車が動いているけど、小崎町は田舎だからなあ。


「じゃあ、飯食いながら時刻表を確認して、行けるところまで行こうか。大晦日とは言え、中学生が夜中に出歩いてたら、たぶん怒られる」

「たしかに……じゃあ、駅前に行こうか。で、怒られたら電車が動いてるか聞けばいいよ。おばあちゃんの家に行きたいけど、電車が動いてるかわかんないって言えば、嘘じゃないから」


 二人で歩いて駅に向かった。

 駅前のカフェで晩ごはんにした。カフェと言っても、夜はお酒と食事がメインになるから、匠海さんと二人でがっつり食べた。


「大晦日なのに、蕎麦じゃなくてごめんね」

「なんで匠海さんが謝るの」

「来年は一緒に実家で蕎麦食おうぜ。親父がお高い蕎麦を取り寄せたって言ってたから」

「……来年かあ」


 また一年経ったら、私はあそこに戻らなくちゃいけない。

 そう思うと、気分が落ち込む。

 でも匠海さんは、パスタを巻きながらニコッと笑った。


「さっき、詩音ちゃんの親父さんに、次の年末はうちで預かりますって言っておいたから大丈夫」

「えっ、そうなの?」

「うん。今後、長期休暇は川瀬家で預かるから、進学や就職に必要な書類のサインだけはちゃんとしてくれって約束してきた」


 匠海さん、すごいなあ。

 私は父や母と、そんなふうにちゃんと話せたことなんて、ない。


「匠海さんは大人だねえ」

「ほんとにちゃんとした大人だったら、よその親父さんにいきなり怒鳴ったりしねえよ」

「でも、匠海さんが怒ってくれて、詩音は嬉しかったよ。迎えに来てくれただけでも、すごーく嬉しかったのに」


 パスタとサラダ、オムレツや唐揚げを食べて、カフェを出た。

 駅で電車を確認すると、乗り換えの駅まで特急で行けば、ぎりぎり終電に間に合いそうだ。


「詩音ちゃん、あそこ、寄っていい?」


 匠海さんが指さしたのは、都内ならどこにでもあるカフェだった。でも小崎町にも、学校の近くにもない。


「いいよ」

「有名だけど、生活圏にないから来たことなくてさ。うわ、タンブラーおしゃれだな」

「せっかくだし、美海と夜にお土産買おうかな」

「じゃあ、俺も詩音ちゃんに買おう」

「なんで? あ、これかわいい! 色違いだ! じゃあ詩音、これがいいな。匠海さんはどっちの色がいい?」

「は?」

「色違いで同じの買おうよ」

「いいけどさあ」


 匠海さんは、よくわからない顔でタンブラーを二つ持っていった。

 私も美海と夜のお土産用に、タンブラーを持って匠海さんの後に並んだ。

 買ったタンブラーにココアとコーヒーを入れてもらって、電車に乗った。

 混んでたから、グリーン車にした。