詩音と海と温かいもの

 クリスマスディナーってことで、午前中にちょっといい塊肉を買っておいた。


「これをローストビーフにします」

「おお、すごい。ごちそうだ」

「ローストビーフって簡単なんだよ。でも肉を室温に戻さないといけないから、こいつはいったん机にでも置いておこう。その間にキッシュ作ろうぜ」

「はい、先生!」


 買ってきたパイシートを、百均で買ってきた型に敷き、冷蔵庫に入れておく。ほうれん草とベーコンを炒めて型に入れる。生クリームと卵、チーズを混ぜて、それも型に流し込む。あとは残りのチーズを振って、オーブンで焼けば完成だ。

 オーブンはバイト代でいいやつを買った。

 電子レンジとしても使えるし、トーストもできる。


「……匠海さんはさらっと言うけど、実際にやると難しいよ。小麦粉がダマになっちゃう」

「そりゃ慣れだ。何度もやってればコツが掴める」

「そうなんだろうけどさ」

「あとサラダ作ろう。その後ローストビーフ作って、肉を寝かせてる間にフランスパンはガーリックトーストにしよう」

「はーい」


 詩音ちゃんは難しいと言うけど、手際は悪くないと思う。

 普段、寮住まいで家事なんてまったくやらないことを考えたら、かなりてきぱきしてると思う。


「できたー!」


 料理を始めてから、なんだかんだで二時間ほどでクリスマスディナーができた。

 テーブルに運んで、シャンメリーで乾杯する。


「すごい、おいしい!」

「上手くいってよかった。ローストビーフもキッシュも美味えなあ」

「そっか、自分で作るとローストビーフを分厚く切れるんだ……最高……」

「そうそう、それがいいとこだよな。あーうめえ」

「詩音ねえ、匠海さんが作ってくれるサラダ好きなんだ。おいしいよねえ」

「そう? いくらでも作るよ」


 詩音ちゃんはずっと笑顔で食べていて、頑張って用意した甲斐があった。

 あっという間に皿が空になったから、片付けをして、交代で風呂を済ませた。

 その後は買っておいたケーキを切り分けて、コーヒーも淹れる。


「至れり尽くせりだねえ」

「あはは、イチゴあげるよ」

「ありがと。じゃあ詩音はチョコプレートあげる」

「それは半分こしよう」


 我ながら、甘ったるいやり取りだと思った。

 たぶん、美海と夜に見られたら「ほんとに付き合ってないんだよね?」とか言われる。

 ……付き合ってねえんだよなあ、これが。

 あーあ。早く詩音ちゃんが成人すればいいのに。

 それはあと四年先のことで、きっと四年も経てば、俺のことなんて忘れちゃうんだろうけど。


「匠海さん、ありがとう」

「なにが?」

「クリスマス、楽しいなーって。去年は寮だったし。まあ、それはそれで楽しいんだけどさ。……みんなが家族からクリスマスプレゼントを受け取ってるのを、詩音は指をくわえて見てるだけだったから」


 詩音ちゃんが、コーヒーカップを抱えて遠くを見た。

 遠くじゃなくて俺を見てほしくて、わざと明るい声を出す。


「来年もやろう」

「うん! 次は何がいいかな。チキンとかビーフシチューとか」

「その前に、あと一年あればイベントもたくさんあるからさ。年末、またうちに来るだろ?」


 すっかりそのつもりで聞いたら、詩音ちゃんは少し困ったような顔になった。


「あー……えっと、さすがに、お正月は実家に顔を出さないといけなくて」

「そっか。じゃあ、年明けは……俺が無理だな。学年末試験だ」

「だよね。試験終わったら遊びにきていい?」

「もちろん」


 詩音ちゃんがホッとしたような顔をした。


「それはそれとして、明日したいことある?」


 明日は俺と詩音ちゃんのクリスマス最終日だ。

 だから、できるだけ願いを叶えてあげたい。


「んー、思いつかないなあ。朝起きたときに匠海さんが一緒にいてくれたら、それで幸せだから、それ以上は望まないっていうか」

「もうちょっと望んでくれていいけど。じゃあ、また明日起きてから考えようか」

「うん!」