詩音と海と温かいもの

 起き上がってトイレに行った。

 顔を洗って歯を磨いて、ひげを剃った。

 こぎれいにしてからベッドに戻り、スマホを拾い上げて詩音ちゃんの名前に触れる。


『はーい、どうしたの、匠海さん』


 スマホの向こうの声はいつも通り。元気で明るいように聞こえた。


「埋め合わせ、どこがいいか決めた?」

『悩んでる。あと半月くらいしたら、あっちこっちでクリスマスのイルミネーションが始まるでしょう? だからそういうの見に行ってもいいし』

「あー、たしかに。レストランでもクリスマスメニューするしなあ。……あ、じゃあ大崎町の遊園地行こうか」


 大崎町は、今住んでいるところと小崎町の間にある町だ。

 ちょっとしょぼいけど遊園地があって、クリスマスにはイルミネーションもやるし、メニューもクリスマスっぽくなるはずだ。

 でも詩音ちゃんの声はあんまり乗り気じゃなさそうだった。


『あー、あそこかあ……』

「やだ?」

『やだっていうか、怖い』

「怖い?」


 聞くと、昔、美海と夜にお化け屋敷やジェットコースターに連れ回されたらしい。

 つい笑っちゃったけど、たしかにあそこのコースターは見かけより長い上に、老朽化してて軋むから怖いんだよな。

 しかも美海は絶叫系が大好きで、乗ると隣で高笑いするから、それも怖い。


「あはは、冬だからお化け屋敷はやってないし、ジェットコースターはやめておこうか。俺は美海ほど絶叫系が好きじゃないし。代わりにスケートリンクができてるからやろうぜ」

『詩音、スケートしたことないよ』

「手、つないでるよ」

『離さない?』

「絶対に離さない」

『じゃあ、行こうかな』


 そのまま日付を決めて電話を切った。

 スマホのカレンダーに予定を入れておいた。

 せっかくだし、詩音ちゃんにクリスマスプレゼントとか用意しようかな。

 俺は完全に浮かれていて、もう昨日のことも先輩のことも、全部忘れていた。