詩音と海と温かいもの

 文化祭に来てくれた詩音ちゃんと美海と夜を背に、俺、川瀬匠海は歩き出した。


「あ、あの、川瀬くん」


 追いかけてきた先輩が、卑屈な声を出していて、俺はイラついた。

 やらねえといけねえことがあるなら仕方ない。できるだけ淡々と答えようと口を開いた。


「はい、なんでしょうか」

「その、ごめんなさい……」

「……もし、来たのが妹じゃなくて両親なら、先輩はどうしてたんすか?」

「……それは」

「俺が大学に行くのを、ずっと楽しみにしてくれてたばあちゃんなら?」


 先輩は俯いて黙りこんでしまった。

 俺は先輩になんて声をかければいいんだろう。

 正直なんにも言いたくなかったから、黙って歩いた。

 焼きそば用の麺と野菜を、乗せられるだけ台車に積んで屋台に戻ると、裏で片付けをしていた友達が目をすがめて指を指した。


「あれ」

「なに?」


 指さされた方を見たら、先輩が俺の友達何人かに詰められていた。

 先輩は両手でスカートをぎゅっと握ってうつむいている。


「先輩、あれはないんじゃないですか」

「川瀬は休憩時間ですよね」

「あいつ、一か月くらい前から妹さんたちが来るのを楽しみにしてたのに」

「だ、だって、だって……っ」


 友達を見ると、そいつは肩をすくめた。


「詩音ちゃんだっけ。探してきたら?」


 そう言われてスマホを見たけど、一歩遅くて、詩音ちゃんから


『今日はもう帰るね』


 とメッセージが来ていた。


「んー、いや、いいや。さっき帰っちゃったから。また今度埋め合わせするし、来年こそ一緒に回るよ」

「そっか。じゃあ今日は俺と回ろうぜ」

「えー、お前かあ。じゃあ、あっちのラーメン早食い競争しよう」

「絶対勝つ」

「それはどうかな」


 台車を空にして、店番をしていた先輩たちに声をかけて、友達と歩き出した。