詩音と海と温かいもの

「っし、終わった」

「抱っこ抱っこ」

「子どもじゃん」

「子どもだよ」


 私が言い返すと、匠海さんは一瞬困った顔をしてから、パソコンを閉じた。

 何か言おうと思ったけど、その前に匠海さんが立ち上がって、ベッドによじ登ってきた。


「今横になったら、俺も寝ちゃう」

「一緒に寝ちゃおうよ」

「それでもいっか」


 匠海さんが、私の上に四つ這いになって覆いかぶさった。

 手を伸ばして太い首を引き寄せる。

 頭を抱きしめて髪に顔を埋めると、ちょっと汗のにおいがした。


「おもーい」

「退くよ」

「やだ」

「えー」


 でも匠海さんは私が重くないように、肘と膝をベッドに突いていた。

 別にいいのに。

 そうやってくっついているうちに眠くなって、私はそっと目を閉じた。


「匠海さん」

「んー?」


 くぐもった声がお腹の辺りで聞こえて、くすぐったかった。


「詩音に、さっきのメイド服似合うと思う?」

「思う。つーか、なんであんなに言うのを恥ずかしがってたんだよ」

「……似合わないかなって、思って」

「んなことねえから」


 匠海さんがもぞもぞ動いたから、腕の力を緩めた。

 ゆっくりと、匠海さんの顔が私のほうを向いた。


「いつも言ってるだろ。詩音ちゃんはかわいいって。似合うよ」

「そうかな」

「信じられない?」

「ううん。匠海さんに似合うって言ってほしいだけ」


 そう言ったら、匠海さんがふふっと笑った。

 いつもの明るい笑い方じゃなくて、静かで優しい笑顔だ。

 どっちだって、私は好きだけど。


「試着とかする?」

「うん、サイズ合わせする」

「写真送ってよ」

「学校にスマホ持ち込み禁止だよ」

「残念」


 匠海さんは別に残念でもなさそうな顔で、私の胸とお腹の間あたりに顔を埋めた。

 いつもと逆で、なんだか匠海さんがすごくかわいく見える。

 でも言ったら止めちゃう気がして、私は黙っていた。


「本番のときに、見て」

「うん、見る。写真もいっぱい撮る」

「それは恥ずかしいから、ほどほどにして」

「やだ、撮る。美海と夜とも撮るしさ」


 それは、いいかも。

 美海と夜には制服で来てもらうようお願いしている。

 他の保護者や兄姉も、みんな制服とかスーツなんだ。

 あ、スーツ姿の匠海さんの写真もほしいな。


「匠海さんも詩音と撮ってよ」

「それ、いる?」

「いる。匠海さんとの写真ほしい」

「じゃあ、今撮ろう」


 匠海さんが体を起こして、机の上に放ってあったスマホを拾い上げた。

 また体をくっつけて、自撮りした。


「いえーい」

「私にも送って」

「いいけど、もうちょい撮ろう」


 ばしゃばしゃと、何枚も撮った。

 たぶん、二人とも眠くて、変なテンションになってた。


「じゃあ、マジで眠いしこれでおしまい」

「はーい」


 寝っ転がって、ぎゅうっと顔をくっつけながら写真を撮った。

 匠海さんは欠伸をして、私の横に倒れこんだ。

 顔を覗き込んだら、寝息を立てている。


「おやすみ、匠海さん」


 もそもそと動いて、匠海さんの腕の中に収まった。

 目を閉じて胸元に耳をつけると、心臓がとくとく動いていた。

 録音しておいて、毎晩寝る前に聞きたいくらい、安心する音だった。