詩音と海と温かいもの

「あー、疲れた」

「運転大変だよね。えっと、お疲れさま」

「いーえ。久しぶりだし部屋の空気入れ替えよう」


 カーテンを開けて、洗濯を回した。

 実家から持って帰った荷物を片付けて、冷蔵庫を確認。空っぽだから買い出しに行く。


「晩飯なにがいい?」

「カレーがいいな」

「あ、いいな。楽だし、明日の朝飯にもなるし」


 じゃがいも、にんじん、たまねぎをカゴに入れて、肉は何にするか相談して鶏肉にした。


「詩音ちゃん、ルーは甘口がいいかな」

「中辛でもいいよ」

「大丈夫?」

「大丈夫!」


 かわいい顔をするから頭を撫でて、中辛と甘口のルーを一つずつカゴに入れた。

 帰ってすぐ晩飯の支度をする。座ったら最後、もう立てなくなるし。

 カレーを山盛り食べてシャワーを浴びたら、さすがにもう動けなくなった。


「あーーー、疲れた」

「ね、もうダメだ」


 ベッドに倒れ込むと、詩音ちゃんが擦り寄ってきた。

 抱き寄せると背中に腕が回される。


「匠海さん、腕が太くなった?」

「そうかも。いやマジで、バイトキツかったんだよ」

「レストランの下拵えだっけ」

「そうそう。夏の間ずっっっとじゃがいもやタマネギの皮剥いたり、セロリのスジ取ったり……腱鞘炎になるところだった……」

「ふふ、お疲れさまです」


 詩音ちゃんは笑って、俺の喉元に顔を擦りつけた。猫みたいでかわいい。思わず抱きしめると、


「くるしい〜」


 と笑い声が聞こえた。


「やっぱりここが一番安心する」

「ここ?」

「うん、匠海さんの腕の中」


 少し迷って目を閉じ、詩音ちゃんの頭に顔を埋めた。

 俺がドラッグストアで適当に買ったシャンプーの匂いがした。


「空けとくから、いつでもおいで」

「……うん。匠海さんの夏休み、いつまで?」

「九月半ばまで」

「じゃあ、もう一回くらい泊まりに来ていい?」

「いいよ。ていうか、夏休みじゃなくても来てたっしょ」

「そうだけど。……迷惑じゃ」

「迷惑じゃないって。いつになったらわかってくれるんだよ」

「ごめんなさい。また来るね」

「うん、約束」


 隙間ができないように強く抱きしめた。同じくらいの力でしがみつかれて、安心させてもらえたのは俺の方なんだろう。




 翌朝は昼前までベッドでゴロゴロしていた。

 俺は運転疲れ、詩音ちゃんは「充電」らしい。


「夏休みの間、匠海さんが不足してました」

「そうなん?」

「そうなの! 足りないの!!」

「好きなだけ補充してって」

「んふふ、そうする」


 詩音ちゃんは仰向けに寝っ転がった俺の上でうつ伏せになって、胸に顔をくっつけていた。

 軽すぎて不安になるけど、女の子に体重のことを言っちゃいけないくらいは分かる。


「詩音ちゃん、昼飯はオムカレーでいい?」

「いいよ。卵ふわふわがいい」

「任せとけ。山盛り食えよ」

「そ、そんなには食べられないよ。さっき朝ごはんにカレー食べたじゃない」


 ダメか。

 しばらくそのままゴロゴロして、昼をかなり過ぎてから起き上がった。

 二人で昼飯を食べてから、車に乗って詩音ちゃんを寮まで送った。


「またおいで」

「……うん」


 不満そうに唇を尖らせた顔がかわいくて、離れ難い。

 でも、俺から言うべきだ。


「実家に車返してくるよ。またな」

「うん、ありがと、送ってくれて。……またね」


 膨れた頬を撫でて、手を離した。

 反対の手は繋がれたままだったけど、それもそっと離す。

 車に乗って、手を振った。


 詩音ちゃんが寂しそうで、それが嬉しいなんて誰にも言えない。