詩音と海と温かいもの

 翌朝、つっても昼前に起きて顔を洗ってたら夜が顔を出した。


「匠海さん、こんにちは」

「よお。あ、ラーメンありがと。うまかったわ」

「よかった。詩音が作った?」

「……うん」


 それで昨晩のことを思い出した。

 顔をしかめた俺に、夜が不思議そうな顔になる。


「詩音と何かあった?」

「いや……なんも。あ、昼飯用意するわ」

「詩音が作ってたよ。僕も手伝おうと思って、手を洗いに来たんだ」

「なら俺が手伝うわ。お前は宿題でもしてろよ」

「今日の分は終わったよ。……ねえ、匠海さん。一個聞いていい?」


 夜はキョロキョロしてから、静かに洗面所の扉を閉めた。


「なに」

「匠海さんは詩音のこと好き?」

「そりゃ、まあ」

「んー、僕が美海のことを好きなのと同じように好き?」


 答えに詰まった。

 そんなの、答えようがない。


「詩音は、匠海さんのこと好きみたいに見えるけど」

「ばーか。そりゃ、保護されて懐いてるだけだよ」


 それ以上考えたくなくて、咄嗟に誤魔化した。

 って言うか、詩音ちゃんの好意はそういうもんだと思ってる。

 子供が保護者に懐くのと同じで、俺が保護したから嫌われないようにしてるだけだ。けど夜は困ったように眉を下げた。


「それだけかな」

「それだけだろ。俺だってそうだよ」


 勢いに任せて続けた。

 そうであってほしいと、そうでなくてはいけないと、自分に言い聞かせるみたいに。


「中学生だぞ。俺が詩音ちゃんに好意があって保護したのなら、ただのグルーミングでしかないし、そもそも犯罪だっての」

「匠海さんが大学生だから?」

「そうだよ」


 吐き捨てるように言った。

 夜がますます困ったような顔になったけど、それでも言葉が止まらなかった。


「俺はもう十八で、誕生日が来たら十九だ。まともな大人……じゃないかもしれないけど、それでも大学生が中学生に恋なんかしない」

「……そっか。ごめん、変なこと聞いて。詩音が匠海さんのことを嬉しそうに話すから、どうなのかなって思っただけなんだ」

「いや……悪い。俺もムキになった。……やっぱり昼飯はお前が手伝ってくれ。俺の分は後で食うから冷蔵庫に入れといてよ」

「わかった」


 手を洗って洗面所から出て行く夜を見送った。

 あーやだやだ。

 中学生相手にムキになって、あんなにキツく否定して。


 ため息をついて、洗面所から出た。

 台所の方から詩音ちゃんの声が聞こえて、顔が見たかったけど、唇を噛んで二階に戻った。