詩音と海と温かいもの

 終業式の二日後、私、矢崎詩音は寮の前で旅行カバンを抱えて立っていた。

 春休みの時とは違って、落ち込んでないし、途方に暮れてもいない。

 山の上とはいえ、暑いものは暑い。

 最近伸ばしている髪が、首の後ろに張り付いて汗を滴らせていたけど、私は気分良く立っていた。

 少し待つとエンジン音がして、目の前に車が止まった。


「詩音ちゃん、お待たせ」

「ううん、今来たところ」


 車から匠海さんが降りてきて、カバンを後部座席に乗せる。


「どうぞ、お乗りください」

「ふふ、ありがと、匠海さん」


 匠海さんがおどけて助手席のドアを開けてくれた。

 乗り込んでシートベルトを締めると、匠海さんも運転席に乗り込む。


「春休みぶりに運転するから、ちゃんと掴まっててね」

「うん。頑張って」

「おうよ、任せとけ……とは言い切れないけど、事故らなかったら褒めてね」


 車はゆっくり走り出した。



 匠海さんは高校を卒業するのに合わせて、お友達と免許合宿に行っていたらしい。

 でも免許を取ってからは一人暮らしだし車も持ってないから、まったく運転してなかったそうだ。

 だから今回は運転を忘れないために、実家から車を借りてきて迎えに来てくれた。


 私は景色も見るけど、どっちかというとハンドルを握る匠海さんの手ばかりを見ていた。

 最初は横顔も見てたけど、落ち着かないって言われちゃって、今は手と腕、それからときどき横顔だけを見るようにしている。

 当たり前だけど、匠海さんの指は長くて太い。たぶん私の指の倍くらいある。腕もそうだし、太腿も。

 でも一緒に寝るときは、私が痛くならないように重くならないように、優しく抱き寄せてくれるから、すごく好き。

 美海はいいなあ。こんな優しくてかっこよくて料理上手なお兄ちゃんがいて。

 私にも兄はいるけど、ほとんど会わないし話すこともないから、もう顔も声もあやふやだった。


 そんなことを考えていたら、窓の外にキラキラと光るものが見えた。


「わあ、海だ」

「もうちょっとしたらパーキングがあるから、昼飯食おうか」

「うん!」


 私は匠海さんから目を離して、窓の外を見た。

 夏の海が太陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。

 なんだっけな、プレイオブカラー。

 前に実家に来ていた外商さんがそんな話をしていた。あれは石の話だけど、海にもそれくらいたくさんの色が輝いて見えた。