詩音と海と温かいもの

 顔を上げて匠海さんを見た。

 真剣な顔で目を伏せて、キーボードをかたかた叩いていた。

 匠海さんは今大学一年生だ。あと三年半はこの部屋にいると思う。

 でも、その後はどうするんだろう。

 きっと就職して、違うところに引っ越して、私の前からいなくなっちゃう。

 あ、ヤバい、想像したら泣きそう。

 そしたら私はどうすればいいんだろう。……あ、でも匠海さんが大学を出ると、私は高校三年生だ。一年だけ我慢したら、大学生で、そうなったら私も自分で一人暮らしすればいいんだ。


「ね、匠海さん」

「んー?」

「匠海さんが就職して、詩音が大学生になって、匠海さんに彼女がいなかったら……たまにごはん、一緒に食べてくれる?」

「いきなり、えらい先の話になったなあ」


 匠海さんは顔を上げて苦笑した。


「えっと、期末試験で成績悪いと内部進学できなくなるから、ちゃんと勉強してこのまま高校行かなきゃって思ったら、いろいろ考えちゃって」

「ふうん。もちろん、飯くらい一緒に食おう。むしろ俺がお願いしたいくらいだわ。つーか就職かあ。考えたくねえなあ」

「そうなの? 匠海さんって、そういうのちゃんと考えてると思ってた」


 意外に思って聞いたら、匠海さんは肩を落とした。


「そのつもりだったんだけどね。んー、先生みたいにいい店で修行して自分の店を持つとか、栄養士の資格を取って給食系に携わるとか、いろいろあってさ」

「なるほど……? 詩音は全然わかんないし、自分がどうするかも決めてないよ」

「中学生っしょ。そんなもんじゃねえかな。俺だって、そうだったよ」


 ……匠海さんが料理に目覚めたのは、おじいさんの介護がきっかけだったと美海から聞いている。

 匠海さんが中学生の時、ご両親の祖父が同時に倒れたそうだ。そのため、ご両親が仕事と介護と手続きに追われ、家のことは匠海さんと当時小学生の美海が担っていたのだと。

 夜と夜のお母さんも手伝ってたって、私はあとから聞いた。

 そのときに、匠海さんがちゃんとしたごはんを美海に出せなかったから、美海が小柄なんだって匠海さんが今も気にしてることも。

 私には、そんな大変な経験はない。

 そりゃ、家族からはのけ者で、長期休暇はいつも遠くに追いやられていたけれど、それでも美海と夜がいたからどうにかやってこられた。

 今は匠海さんがそばにいるし。


「まあ、今は試験勉強しなさいよ。勉強ができて悪いことなんて一つもねえから」

「うん。あ、これ教えてくれる?」

「どれ? 連立方程式?」

「うん、分数なんだけど」


 匠海さんはワークを見て、目を細めた。

 その顔に見惚れそうになるけれど、真剣に教えてくれているから、必死に目を逸らして説明を聞いた。