詩音と海と温かいもの

「匠海さん、助けて!」


 私……矢崎詩音は半泣きで、スマホの向こうの匠海さんに助けを求めた。





「何事かと思えば」


 匠海さんは笑いながら部屋に上げてくれた。


「で、何がわかんないの?」

「英語、だいたい、おおむね、ほとんど」

「はいはい、じゃあ、教科書を最初から見直そうか」


 私は英語の教科書とノート、辞書をローテーブルに並べた。

 あと一月くらいで期末試験なのに、英語が全然分からない。

 赤点を取ると夏休みの間補講になって、匠海さんに会えなくなっちゃうから、それは回避したい。

 そういうわけで、私は土曜日の昼間に、匠海さんの部屋にお邪魔していた。


「ていうか、なんで今さら?」

「こないだの小テストで詩音がクラス最下位だった」

「あらら。まずは音読してみ」

「うん、えっと、I can……」


 教科書の例文を音読して翻訳。それからその単元の内容を確認して……というのを一学期分全部やっていく。

 それを土日かけて何度も繰り返す。

 日曜の昼前、何回目かの音読を終えると匠海さんがおやつを出してくれた。

 私用に買っておいてくれたらしいものだった。


「単純だけどさ、何度も繰り返すのが結局一番身につくからね。声に出す。繰り返す。他の科目は大丈夫?」

「たぶん、大丈夫……だと思う」

「次の休みは違う科目も持っておいで」

「ごめんなさい」

「いいよ、これくらい。俺も期末前だし、適当に勉強してるからさ。あ、でも次の土曜は夜にバイトだから留守番してて」


 匠海さんはさらっと言って、自分の教科書をめくっていた。

 留守番?

 それって、私がこの部屋に一人でいてもいいってこと?


「それなら匠海さんがバイト行くときに、詩音は寮に帰るよ」

「えー? でも日曜も来るんだろ? 詩音ちゃんに『お帰り』って言ってほしいなあ」


 匠海さんは教科書から顔を上げてニヤッと笑った。

 それからすぐに苦笑する。


「ごめん、ワガママ言った。一人で待つの嫌だよな」

「えっと、ううん。それはいいけど……匠海さんは自分の部屋に詩音が一人でいても嫌じゃない?」

「全然嫌じゃない。詩音ちゃんが帰りを待っててくれたら、いつもの五倍くらいバイトを頑張れる。早く帰りたくなっちゃうと思うけど」

「わかった。じゃあ、ここで匠海さんが帰ってくるのを待ってる」

「ありがと」


 それ、本当は私のセリフなんだけど。

 この人は当たり前みたいに私に居場所を用意してくれる。

 小崎町の川瀬さんのおうちにも、この匠海さんの部屋にも。

 子供っぽい私はすぐ泣きたくなるから、おやつを食べて誤魔化した。