結局起きたのは昼前だった。
二人でぼんやり起き上がって、順番に顔を洗って歯を磨く。
「寝過ぎた……」
「昼飯食ったら寮に送るよ」
「ぶー。もうちょっと匠海さんとゆっくりしたかったのに」
「晩飯も一緒に食う?」
「……宿題いっぱいあるから帰る」
「持ってくればよかったのに」
「次からそうする」
むくれる詩音ちゃんの頭を撫でると、擦り寄ってきたのでつい腕の中に入れてしまう。
あー、もう。
この子はただ、保護者を求めているだけなんだ。
大事にしてくれて、自分の居場所になってくれる大人を求めている子供なんだ。
自分にそう言い聞かせて、俺は腕を離した。
「またおいで」
「うん、来る。匠海さんに彼女ができるまで来ていい?」
「いいよ。……その予定ないし」
そう言うと、詩音ちゃんはクスクス笑った。
いや、マジでないんだ。基礎ゼミが同じ女の子たちは半分以上彼氏持ちだし、他の子にも特に相手にされてない。
それになにより、詩音ちゃんが美人すぎて、同じ大学の女の子を見てもまったくピンとこなくて困っている。
……あとは、あれだ。俺が彼女を作って、詩音ちゃんを追い出すようなことをしたくなかった。
「匠海さん、かっこいいのに」
「いつも言ってるっしょ。それ言ってくれるの詩音ちゃんだけだから」
「本当にそう思ってるんだけどな」
「はいはい。ほら、着替えて飯行こう。なんか食いたいものある?」
「何がいいかなあ。駅前歩きながら考えよう」
詩音ちゃんは洗面所から出て行った。
俺も歯磨きを終わらせて、洗濯を回しておく。
彼女の着替えが終わったころに洗面所から出て、俺も着替えてから二人で外に出た。
「蒸し暑いなー」
そう言いながらも俺と詩音ちゃんは手をつないで歩いていた。
三月に駅前でぶつかったあの日から、俺はずっとこの子と手をつないでいる。
「ねー。もう六月だもんね。その割に雨降らないけど」
「最近、梅雨が来るのが年々遅くなってる気がするよな。そういえば、この間授業で梅酒を漬けたんだ。詩音ちゃんが二十歳になったら一緒に飲もうぜ」
「楽しみにしてる。あと六年かあ。長いなあ。……早く大人になりたいな」
「そう?」
「うん。詩音ね、自分の力で生きていけるようになりたい。矢崎のお嬢様って言われたくないから」
それに俺は、なんと答えればよかっただろう。
散々悩んで、駅が見えてきたあたりで、俺はようやく口を開いた。
「少なくとも俺は、詩音ちゃんのことを『矢崎のお嬢様』だって思ったことないよ。そもそも美海と夜の友達だし」
「……そっか」
握っていた手の力が抜けたから、離れないように強く握り直した。
「昨日行ったホテルの近くに、もっとリーズナブルなホテルがあってさ。そこのレストランフロアにビュッフェがあるから、今度行こうよ」
「うん」
「あと、何年か前の夏に、詩音ちゃんと美海と夜で大崎町の遊園地に行っただろ? そこの駅近くのカフェのパスタが美味しいらしいから食べに行こう。それから、詩音ちゃんの実家の近くの飯屋も行きたい」
詩音ちゃんが目をぱちぱちさせながら俺を見上げた。
「俺、ずっと田舎育ちでさ、都会のレストランとかカフェとか何にも知らないから連れて行ってよ」
「……詩音も、家の近くのお店ってあんまり知らないよ」
「じゃあ、一緒に開拓しよう。夏とか冬とか、一度くらいは実家に顔出すだろ? 俺も行くから、親御さんに挨拶したら、すぐ一緒に出てきちゃえばいい」
笑って見せたら、詩音ちゃんはうつむいて、俺の腕に頭を押しつけた。
「うん……そうする」
声が震えていて、抱きしめたくて仕方なかったけど、駅前だから自重した。
空いている手で頭を撫でるだけにしておく。
適当に昼を食べて、詩音ちゃんを寮まで送って別れた。
俺はスーパーで買い物を済ませて部屋に戻る。
とっくに終わっていた洗濯物を干した。詩音ちゃんのパジャマもあったけれど、あまり気にしないようにして干した。
ベッドに倒れ込んでスマホを見ると、詩音ちゃんからメッセージが届いていた。
『レストランに連れて行ってくれてありがとう。スーツ姿のかっこいい匠海さんが見られて嬉しかった。また遊びに行くね』
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。いつでもおいで」
無難に返してから、写真アプリを開いた。
昨夜、部屋で撮った写真をタップする。
スーツ姿の俺と、制服姿の詩音ちゃんが並んでいるだけの写真だ。
帰ってきた後に撮ったから、二人とも少し疲れてはいるけれど、詩音ちゃんはやっぱりきれいで、かわいい。
俺のネクタイが少し曲がっていて、かっこ悪かった。
……本当は次の約束が欲しかったけど、中学生の女の子に甘えていいかわからなくて自重した。
何か理由があればよかったけれど、そんなものはどこにもなかった。
二人でぼんやり起き上がって、順番に顔を洗って歯を磨く。
「寝過ぎた……」
「昼飯食ったら寮に送るよ」
「ぶー。もうちょっと匠海さんとゆっくりしたかったのに」
「晩飯も一緒に食う?」
「……宿題いっぱいあるから帰る」
「持ってくればよかったのに」
「次からそうする」
むくれる詩音ちゃんの頭を撫でると、擦り寄ってきたのでつい腕の中に入れてしまう。
あー、もう。
この子はただ、保護者を求めているだけなんだ。
大事にしてくれて、自分の居場所になってくれる大人を求めている子供なんだ。
自分にそう言い聞かせて、俺は腕を離した。
「またおいで」
「うん、来る。匠海さんに彼女ができるまで来ていい?」
「いいよ。……その予定ないし」
そう言うと、詩音ちゃんはクスクス笑った。
いや、マジでないんだ。基礎ゼミが同じ女の子たちは半分以上彼氏持ちだし、他の子にも特に相手にされてない。
それになにより、詩音ちゃんが美人すぎて、同じ大学の女の子を見てもまったくピンとこなくて困っている。
……あとは、あれだ。俺が彼女を作って、詩音ちゃんを追い出すようなことをしたくなかった。
「匠海さん、かっこいいのに」
「いつも言ってるっしょ。それ言ってくれるの詩音ちゃんだけだから」
「本当にそう思ってるんだけどな」
「はいはい。ほら、着替えて飯行こう。なんか食いたいものある?」
「何がいいかなあ。駅前歩きながら考えよう」
詩音ちゃんは洗面所から出て行った。
俺も歯磨きを終わらせて、洗濯を回しておく。
彼女の着替えが終わったころに洗面所から出て、俺も着替えてから二人で外に出た。
「蒸し暑いなー」
そう言いながらも俺と詩音ちゃんは手をつないで歩いていた。
三月に駅前でぶつかったあの日から、俺はずっとこの子と手をつないでいる。
「ねー。もう六月だもんね。その割に雨降らないけど」
「最近、梅雨が来るのが年々遅くなってる気がするよな。そういえば、この間授業で梅酒を漬けたんだ。詩音ちゃんが二十歳になったら一緒に飲もうぜ」
「楽しみにしてる。あと六年かあ。長いなあ。……早く大人になりたいな」
「そう?」
「うん。詩音ね、自分の力で生きていけるようになりたい。矢崎のお嬢様って言われたくないから」
それに俺は、なんと答えればよかっただろう。
散々悩んで、駅が見えてきたあたりで、俺はようやく口を開いた。
「少なくとも俺は、詩音ちゃんのことを『矢崎のお嬢様』だって思ったことないよ。そもそも美海と夜の友達だし」
「……そっか」
握っていた手の力が抜けたから、離れないように強く握り直した。
「昨日行ったホテルの近くに、もっとリーズナブルなホテルがあってさ。そこのレストランフロアにビュッフェがあるから、今度行こうよ」
「うん」
「あと、何年か前の夏に、詩音ちゃんと美海と夜で大崎町の遊園地に行っただろ? そこの駅近くのカフェのパスタが美味しいらしいから食べに行こう。それから、詩音ちゃんの実家の近くの飯屋も行きたい」
詩音ちゃんが目をぱちぱちさせながら俺を見上げた。
「俺、ずっと田舎育ちでさ、都会のレストランとかカフェとか何にも知らないから連れて行ってよ」
「……詩音も、家の近くのお店ってあんまり知らないよ」
「じゃあ、一緒に開拓しよう。夏とか冬とか、一度くらいは実家に顔出すだろ? 俺も行くから、親御さんに挨拶したら、すぐ一緒に出てきちゃえばいい」
笑って見せたら、詩音ちゃんはうつむいて、俺の腕に頭を押しつけた。
「うん……そうする」
声が震えていて、抱きしめたくて仕方なかったけど、駅前だから自重した。
空いている手で頭を撫でるだけにしておく。
適当に昼を食べて、詩音ちゃんを寮まで送って別れた。
俺はスーパーで買い物を済ませて部屋に戻る。
とっくに終わっていた洗濯物を干した。詩音ちゃんのパジャマもあったけれど、あまり気にしないようにして干した。
ベッドに倒れ込んでスマホを見ると、詩音ちゃんからメッセージが届いていた。
『レストランに連れて行ってくれてありがとう。スーツ姿のかっこいい匠海さんが見られて嬉しかった。また遊びに行くね』
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。いつでもおいで」
無難に返してから、写真アプリを開いた。
昨夜、部屋で撮った写真をタップする。
スーツ姿の俺と、制服姿の詩音ちゃんが並んでいるだけの写真だ。
帰ってきた後に撮ったから、二人とも少し疲れてはいるけれど、詩音ちゃんはやっぱりきれいで、かわいい。
俺のネクタイが少し曲がっていて、かっこ悪かった。
……本当は次の約束が欲しかったけど、中学生の女の子に甘えていいかわからなくて自重した。
何か理由があればよかったけれど、そんなものはどこにもなかった。



