詩音と海と温かいもの

 俺……川瀬匠海が目を覚ますと、腕の中で詩音ちゃんが寝息を立てていた。

 さらさらの髪が顔に当たってくすぐったい。


 学校の制服姿で寮から出てきた詩音ちゃんを思い出す。

 俺や美海が通った公立中学とは全然違って、おしゃれな濃い紅色のジャケットに膝下丈のワンピース。本当に制服か? ってくらいおしゃれだった。服に詳しくない俺には上手い褒め言葉すら出てこなかったけど。

 髪もきれいに整えていて、少し化粧もしていた。

 俺のためにしてくれたんだと思うと、ますます何て言えばいいのかわからなくなる。

 義弟(未定)の夜だったら、きっと立て板に水の勢いで褒めまくるんだろうけど。

 でもそんな俺のしょぼい褒め言葉でも詩音ちゃんは喜んでくれて、なんかもう、かわいくて仕方ない。

 俺のスーツ姿もめっちゃ褒めてくれて、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 レストランでも、どうしていいかわからない俺に、メニューの見方からフォークやナイフの使い方まで教えてくれた。

 かっこ悪くて仕方ないのに、それでも詩音ちゃんは


「匠海さん、かっこいいねえ」


 なんて笑う。


 ほんと、この子は俺をどうしたいんだろう。

 今は腕の中ですやすや無防備に眠っている。

 ときどき俺の背中を掴み直したり、擦り寄ったりしながら寝息を立てていた。


 つーか、詩音ちゃんはイイトコのお嬢さんだったらしい。知らなかった。

 まあ、通ってる中学がめちゃくちゃお嬢様学校だしなあ。

 それに本人がそのことに触れたくなさそうだったから、あえていつもどおりに接した。詩音ちゃんがホッとしたような顔をしていたから、たぶんそれで正解だったのだろう。


 顔を上げて時計を見ると、いつも起きる時間より少し早いくらい。

 もうちょっと寝てていいかな。日曜日だし。


「ん……朝?」

「あ、ごめん。起こした?」

「ううん、だいじょぶ。今何時?」

「六時すぎ」

「もうちょっと寝ていい?」

「いいよ」

「匠海さんは?」

「俺ももう少し寝ようかな」

「よかった。ここにいてね」

「いるよ。ちゃんといるから、大丈夫」


 詩音ちゃんはふわっと欠伸をして、また俺の胸元にすり寄って目を閉じた。

 すぐに寝息が聞こえた。

 そっと抱き直して、俺も目を閉じる。


「おやすみ、詩音ちゃん」


 返事の代わりに寝息が聞こえた。