詩音と海と温かいもの

 当日、制服にはブラシをかけたし、髪もきれいに整えてもらった。顔も結局寧々子に軽くお化粧してもらって、なんだかすごく張り切ってるみたいで、ちょっと恥ずかしい。


「なに言ってるのよ。きれいにしない方が恥ずかしいでしょうが!」

「そうかなあ」

「そうなの! あ、詩音、スマホ鳴ってる」

「わわ、ほんとだ。行ってくる!」


 満面の笑みの寧々子に見送られて、私はカバンを持って部屋を出た。

 帰りが遅くなりそうで、匠海さんの部屋に泊めてもらう約束をしているから、地味に荷物が多い。

 寮を出ると、スーツ姿の匠海さんが立っていた。


「お待たせしました! ……匠海さん、だよね?」

「全然待ってねえけど……何か変か?」


 匠海さんは困った顔で自分のスーツを見下ろした。


「ううん。変じゃないけど、かっこよくてびっくりした」

「そうかな」

「そうだよ。すごくスーツ似合ってるし、かっこいいのに、一緒に行くのが私で大丈夫?」


 つい聞いちゃったら、匠海さんは少し呆れた顔で私の頭を撫でてくれた。


「そんなこと言ってくれるの詩音ちゃんだけだって。ほら、カバンちょうだい。うちに置いてから行こう」


 匠海さんはカバンを受け取ると、反対の手で私の手を取って歩き出した。

 すごい、スマートだ。

 匠海さんは背が高いし、肩幅が広いから、かっちりしたスーツがよく似合っていた。

 私の身長が百六十ないくらいで、それより頭一個分くらい大きいから百八十近いのかな?

 妹の美海は百五十くらいで小柄だから、兄妹でどうしてこんなに差があるのか不思議だ。

 ……匠海さんは、美海が小さいのが自分のせいだと思ってるみたいだから、私は聞かないけど。


 二人でバスに乗って匠海さんの部屋に私のカバンを置き、またバスに乗った。

 電車で少し大きい駅に行って、駅前のホテルに向かった。


「シャンデリアすげー」


 ホテルに入ってすぐ、匠海さんは天井を見上げてぽかんと口を開けた。


「大きいねえ。レストランは……最上階だって」

「行こうか」


 匠海さんの手が離れた。

 見上げると、柔らかく微笑んで腕が向けられる。


「かっ……!」

「どした!?」

「ごめん、かっこよすぎてめまいがしちゃった」

「何言ってんだよ。詩音ちゃんもかわいいよ。髪と顔、ちゃんとしてきてくれたんだろ?」


 匠海さんは笑って、私の顔の横で揺れる髪を指先で軽く梳いた。

 何食べたらこんなにかっこよくなるのさ。

 今度、美海に確認してみよう。


「そ、その……変じゃない? 詩音が、こんなの」

「全然、変じゃない。すごくきれいでかわいい。ありがと、詩音ちゃん。俺のために」

「……うん。匠海さんのために、きれいにしてきたの。えへ……気づいてくれて嬉しい」

「気づくよ。ほら、そういうの気づかないと美海に怒られるから」

「たしかに。ふふ、でも美海、夜に言われるとすっごいテンパるんだよね」

「ほんとだよ。あのキザな小僧、美海が前髪を五ミリ切っただけで気づくからな」


 匠海さんは笑って、また腕を私に向けた。


「お手をどうぞ、お嬢さん」

「ありがとう、匠海さん」


 手を、そっと太い腕にかけた。

 ゆっくり並んで歩き、エレベーターに乗った。