詩音と海と温かいもの

 ごはんの後、川瀬さんたちは車で帰って行った。

 私と匠海さんは、今日は匠海さんの部屋に泊まる。

 私は明日以降、寮の部屋の移動があるのだ。

 中等部と高等部は並んで建っているけど、寮は中等部と高等部で別れているから、移動しなくてはいけない。

 移動した先でも寧々子と同室だから、本当に部屋を移るだけなんだけどね。


「ふわー、疲れたー」

「お疲れさま、詩音ちゃん」


 匠海さんの部屋に帰ってきたとたん、気が抜けちゃって、私は座り込んでしまった。


「ほら、そこで座ったらマジで立てなくなるから。シャワーだけ浴びちゃいな」

「ねえ匠海さん。私、中学卒業したよ」


 上着を脱いでハンガーに掛ける匠海さんの背中に、声をかけた。


「うん?」

「だからチュウしてよ」

「しない」

「一緒にお風呂は?」

「もっとしない。どっちも、高校出てからな」

「ぶー」


 立ち上がって、私もコートを脱ぐ。制服のジャケットも脱いで両手を広げたけど、匠海さんは、ぎゅっとしてくれなかった。


「だーめ。今詩音ちゃんを抱きしめたら、俺動けなくなっちゃうから。風呂から出たら、いくらでも抱きしめるよ」

「ぶー」


 諦めて、今度こそシャワーを浴びに行く。

 パジャマを着たら、匠海さんと交代して、私はベッドに横になった。

 匠海さんが出てきたら、もう一度腕を広げた。


「匠海さん、抱っこ」

「はいはい、お待たせしました、お姫様」

「うふふ」


 匠海さんがベッドに上がって、私の上に覆いかぶさった。

 やっぱりキスはしてもらえなかったけど、いつもどおり痛いくらいに抱きしめられて、やっと帰ってこれた気がした。


「匠海さん、匠海さん」

「んー?」

「呼んだだけ」

「なに、疲れてる?」

「うん、くたくた。もっとぎゅってして」

「してるって。これ以上したら痛いだろ」

「痛くてもいいから。疲れたから、もっと」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、安心したはずなのに、幸せなはずなのになぜか涙が出てきた。


「……詩音ちゃん」

「うん」

「お兄さんが言ってたことだけど、言いたくなければ言わなくていいし、言いたければ言えばいいよ」


 優しい声が耳に落ちて、涙が止まらなかった。

 何にも言えなくて、匠海さんの胸に顔を埋めた。


「卒業おめでとう、詩音ちゃん」

「……ありがと」

「寮の部屋の移動が終わったら、実家に行こうか。美海と夜の卒業も祝ってやらねえと」

「うん!」


 ゆっくりと息を吸って吐いた。

 少し体が離れて、匠海さんが優しい顔で私を見ていた。

 キスしてくれるかと思ったけど、目尻の涙を舐められただけで、でもそれだけで私の涙は簡単に止まった。