詩音と海と温かいもの

 数日後、春休みが終わって、大学に行った。

 学校のパソコンから二年前期の履修登録をして、ついでにスマホでバイトのシフトも出しておいた。


「川瀬ー、久しぶりー」

「おー、元気ー?」


 友達と食堂で飯を食って、時間割を見せ合った。

 ふと、友達が「そういえばさ」と顔を上げた。


「川瀬、あの美少女ちゃんと付き合ってるっけ?」

「いや? まだ中学生だし」

「彼女作る気ある?」

「ない。その美少女ちゃんが高校出るの待ってるから」


 首を横に振ったら、キモがられるかと思ったけど、友達は半笑いだった。


「光源氏かよ」

「そんな話だっけ?」

「そういう話もある。そうじゃなくて、合コンするから来る?」

「行かない」

「先生がゼミで新歓するって言ってたけど、それは?」

「……あんまり行きたくないけど、行った方がいいよなあ」


 友達は難しい顔で頷いた。

 先生は、基礎ゼミの担当をしてくれていた人だ。

 フレンチが専門だけど、洋食の家庭料理にも詳しい。

 俺が進みたい方とは違うけど、先生のところのゼミ生から他の先生の情報を聞きたいし、誘ってもらえるなら、そういうのに参加した方がいいのは間違いない。


「行くか……」

「ちなみに例の先輩もいると思う」

「だよなあ」


 例の先輩とは、あれだ。

 俺に気があるらしくて、文化祭のときに詩音ちゃんを威嚇していた先輩だ。

 嫌だなあ。

 文化祭以降、露骨に気のあるそぶりはしてこないけど、それでも会えば挨拶くらいするし、なんとなく苦手なまま、微妙な距離を保っていた。

 まあでも、俺が先輩のこと好きじゃないのは分かってるだろうし、離れて座ればいいかな。

 そんな気楽な気持ちで新歓に参加することにした。



 その考えは間違いだった。

 四月末の、週末前。

 俺は居酒屋で、女子に囲まれていた。


「へー、川瀬くんって言うんだ。二年生? 大きいねえ」

「川瀬くん、一年の時から先生に気に入られてたもんね」

「彼女いる?」

「来年は先生のゼミに入るんでしょ?」


 最初は友達と一緒に座ってたのに、そいつがトイレに行った隙に、三年生と四年生の女の先輩たちから囲まれた。

 マジでなんなの。

 例の先輩はちゃっかり俺の隣に腰を下ろして、ジョッキ片手にニヤニヤしている。


「や、彼女はいないですけど」

「ほんとにい? 文化祭に来てた女の子は? 妹さんとお友達だっけ」


 あんたがそれを言うのかよ!

 先輩は酔っ払ったからかなんなのか、ずけずけ聞いてきて、気分が悪い。

 俺は飲んでないのに酔っぱらいに絡まれて、本当に無理だった。


「川瀬くん、かっこいいのに。今度デートしようよ。ゴールデンウィーク空いてる?」


 顔を上げて見回したら、友達が「ごめん」と遠くで手を合わせていた。

 嫌になっちまったし、ここでこの人たちにこびる必要もないから、立ち上がった。


「俺、彼女はいませんけど、結婚の約束してる相手がいるんで、彼女もデートもいりません」

「えっ」


 先輩の赤かった顔が、さっと白くなった。


「さっき先輩が言ってた妹の友達。その子の親に挨拶も済ませてますし、両家公認の婚約者なんすよね。だから、次に先輩があの子にちょっかいかけたら、俺は怒りますよ。前回の比じゃなく、怒ります」

「や、やだ、ちょっかいなんてかけてないし」

「そうですか? 妹からめちゃくちゃ睨まれて怖かったって聞きましたけど」

「……なにそれ、シスコンじゃん」


 他の先輩たちが、シラけた顔で笑った。

 だから、真顔のまま言い返す。


「何とでもどうぞ。少なくとも先輩は、俺の家族と幼馴染みと婚約者に嫌がらせをするクソばばあだって、俺と俺の家族は思ってますよ」


 テーブルが静まりかえった。

 せっかくの新歓なのに、申し訳ないことをした。

 カバンを拾って、先生に頭を下げに行く。


「すみません、せっかく誘ってもらったのに」

「あはは、悪いのはあっちだろ。こっちこそ悪いね、誘ったのに楽しませてやれなくて。今度俺の部屋に直接来いよ。進路相談くらいなら聞いてやるから」

「ありがとうございます。近いうちに相談させてください」


 もう一度頭を下げて、店を出た。

 友達にも詫びのメッセージを送って、バスに乗った。