詩音と海と温かいもの

 だから逆に春休みの終わりが近づくのは寂しかった。


「さーびーしーいー」


 春休みが終わる数日前、私は匠海さんにしがみついて駄々をこねていた。

 匠海さんは「はいはい」と聞き流しながら、布団を干していた。

 ベランダは狭いけど暖かい春の風が吹いている。

 私は匠海さんの背中に顔をくっつけて、あくびをした。


「匠海さーん」

「んー?」

「さびしー」

「俺も寂しいよ。二週間、詩音ちゃんがずっといてくれたのに、俺一人でこの部屋に残されるの、めちゃくちゃ寂しい……」

「ごめん」


 私は、私のことしか考えていなかった。

 寂しいのは私だけなんて思い込んでいた。


「ごめんね、匠海さん」

「……ううん、意地悪言った。またゴールデンウィークにおいで。つーか、土日に来るんだろ?」

「来る!」

「帰る前に足にマニキュア塗り直していい?」

「お願いします!」


 布団を干すのを手伝ってから、窓の前に向かい合って座った。

 匠海さんが私の足の爪先に色を乗せていく。ホワイトデーから一か月弱、匠海さんに塗ってもらうのは三回目で、最初よりずっと上手になっていた。

 親指から小指まで丁寧に塗って、最後に仕上げのスプレーをかけた。


「っし、こんなもんかな」


 匠海さんは満足そうに私の足を見た。そのまま手を離すと思ったのに、匠海さんは私の足をつかんだまま、顔を寄せた。

 足の甲に「ちゅっ」と音を立てて唇が離れる。


「えっ、匠海さん!?」


 匠海さんは顔を上げずに、今度は私の膝に唇をつけた。

 すぐに離して、そのままシャツをまくっておへその辺りに口付けられる。


「ちょ、匠海さん! ま、待って待って!」


 最後に喉を「ちゅっ」と吸われて、匠海さんはやっと起き上がった。


「な、なに……?」

「意地悪」

「意地悪!?」


 私を見る匠海さんは、たしかに意地悪な顔で笑っていた。

 ……こんな顔もするんだ。心臓がうるさくて、言葉が出ない。


「俺も、寂しいんだよ。詩音ちゃんが帰っちゃうの。詩音ちゃんはまだ中学生だし、すごくきれいな女の子だから、俺のことなんかすぐ忘れちまう」

「……匠海さんも、そんなこと思うんだねえ」


 私の気持ちを疑うの?って、怒った方がいいんだろうけど、珍しくて、つい変な感想をもらしてしまった。

 ていうか、それ、私のセリフだし。


「思うよ。詩音ちゃんが寮に帰る度に、もう来ないんじゃないか、これっきりなんじゃないかって、俺は不安でしょうがなかったんだ」

「そうだったんだ。でもねえ、それ、詩音も一緒だよ? 寮に戻る度に、次も行っていいのか不安になったもの。いつ『彼女できたから』とか『俺も忙しいし』って言われるか、詩音はずっと不安だった」

「そんなこと、俺は絶対に言わない」


 泣きそうになってしまった匠海さんに、手を伸ばした。

 体を起こして、匠海さんを抱き寄せる。


「詩音だって、いきなり匠海さんの前からいなくなったりしない。好きだよ、匠海さん。私はあなたと一緒にいたい」

「……うん。ごめん、かっこ悪かった」

「全然大丈夫。私こそ、一人で寂しがってごめん。あのさ、次に会う予定を決めておこうよ。明後日寮に戻って、んー、次の土日は難しいかもだけど、その次の土日はたぶん来られるよ」

「俺も予定確認する」


 たまらなくキスしたかったけど、我慢して体を離した。

 並んで座って、次に会う日を決めた。


「ゴールデンウィークがなあ……」

「匠海さん、忙しい?」

「うん、結構バイトになると思う」

「私もゴールデンウィークは宿題が多いんだよね。たぶん四月に学力テストがあって、それ次第なんだけど」


 なにしろ三年生だから、受験はしなくても宿題は増えるって、先輩たちから聞いていた。

 去年だって、寧々子や友達と丸二日以上かけて、やっと終わるくらいの大量の宿題だったのに、今年はそれ以上らしい。

 でも、それはそれ。

 匠海さんには会いたい。


「この部屋で留守番してていい?」

「……平気? 寂しくない?」

「寂しいけど、会えない方が嫌だ。あと、寂しく思う暇もないくらい宿題出ると思う」

「わかった。じゃあ、四月の……」


 予定をスマホのカレンダーに登録した。

 寂しさがなくなったわけじゃないけど、少し安心できた。