詩音と海と温かいもの

 私、矢崎詩音は大好きな人の腕の中にいた。


「匠海さん、キスは?」

「ん?」

「キス、していい?」


 甘えた顔で匠海さんを見上げたら、顔を赤くして眉を下げた。


「……だめ」

「なんで?」

「詩音ちゃんが、中学生だから」

「ぶー」


 匠海さんの腕の中で、私は首を伸ばした。

 喉に唇をつけたら、匠海さんは私の両頬をそっと手で挟んで離した。


「だめ。……俺が我慢できなくなるから」

「しなくていいけど」

「する。詩音ちゃんが大事だから、高校出るまで手え出さない」


 真剣な顔で言われたら、これ以上駄々をこねられない。

 でも不満は不満だから、そういう顔だけしておいた。


「ぶー」

「はいはい、片付けよう。皿に米がこびりついちまう」

「はあい」


 匠海さんから離れてお皿を持ち上げた。

 一緒に片付けをして、交代でお風呂に入った。

 お風呂のときも「一緒に入っていい?」と聞いて却下された。


 お風呂の後、ベッドで待っていたら匠海さんも出てきた。腕を伸ばすと、「はいはい」と笑って私に覆いかぶさってきた。

 匠海さんの太い首に手をかけて引き寄せたけど、彼は笑って私の横に転がった。


「だーめ」

「ちえ。匠海さんとチューしたいなー」

「そんなかわいいこと言ってもだめ」


 匠海さんに抱き寄せられて、顔が見えなくなった。

 胸元に顔を寄せて目を閉じる。

 この一年、ずっと匠海さんに抱きしめられて寝ていたから、こうして腕の中にいるだけで、すぐ眠くなってしまう。


「匠海さん」

「んー?」

「抱っこ」

「してるよ」


 匠海さんの声は、前からずっと優しかったけど、今はもっと柔らかくて、甘くなった気がする。


「もっと。ずっとしてて」

「してる。ずっと、詩音ちゃんのこと抱きしめてるよ」

「嬉しいなあ。匠海さん、大好き」

「俺も詩音ちゃんのこと好きだよ」

「キスは?」

「しない」


 匠海さんは笑って、ますます強く私を抱きしめた。

 早く大人になりたかった。