詩音と海と温かいもの

「あのね、匠海さんに聞きたいことがあるんだ」

「……なに?」


 詩音ちゃんは机の上にあった、俺のスマホに手を伸ばした。

 お揃いのストラップのビーズに指先で触れる。


「ホワイトデーのときに、『K』のビーズをくれたでしょ」

「……うん」

「これって、そういうことだと思っていいのかな」

「そういう……?」


 曖昧な言い方に、俺はおそるおそる聞き返した。


 もちろん、「そういう」意味だ。

 でも、それを詩音ちゃんがどう受け取ったかを聞きたかった。

 ……俺がこれ以上突っ走って、キモいことを言いたくないっていう保身もある。

 詩音ちゃんはビーズに触れたまま、俯いていた。


「プロポーズなんじゃないかって、思ったんだけど。でも、思い過ごしかなとか、図々しいかなとか、考えちゃって」

「思い過ごしでも、考え過ぎでもねえよ。……詩音ちゃんが受け取ってくれるなら、苗字も指輪もちゃんと贈りたい」


 そう言うと、詩音ちゃんは顔を上げて真顔で顎を引いた。

 頷いたのか、首をかしげたのか、微妙な仕草だった。

 やっぱり突っ走って、キモいことを言っちゃったかも。


「ほしい」


 真顔のまま、詩音ちゃんは小声で言った。


「じゃあ」

「あの、もう一個聞いていい?」

「詩音ちゃんが聞きたいことは、全部聞いてくれていい」


 俺が頷くと、詩音ちゃんはさっきまでとは違って、少し照れた顔になった。片手で唇に触れて、上目遣いで俺を見上げた。


「匠海さん、ホワイトデーにリップグロスくれたでしょ? その口紅を贈るのが『あなたにキスをしたい』って意味だって聞いて……その、詩音にしたい……?」

「したい」


 ほとんど反射で答えた。

 答えてから「がっついちまった」とか「キモいだろ」とか気付いたけど完全に手遅れだ。


「……やっぱり? あの、詩音も考えてみたんだけどさ。たぶん匠海さんにキスされたら、嫌じゃないし、匠海さんが他の人にしてたら、すごく嫌だと思う」


 それに、なんて言えばいいだろう。

 そう思ってくれることは嬉しい。

 両思いじゃん!

 ……でも、じゃあ今すぐしていいかって言ったら、ダメなんじゃねえかな。

 詩音ちゃんは中学生だし。


「でもね、詩音、そういうの考えたことなくて」

「そういうの?」

「うん」


 詩音ちゃんは首を傾げた。


「えっと、ほら。実家から離れることばっか考えてきたから、誰かと付き合うとか、彼氏とか、好きな人とか、そういうことを考えたことがないんだよね」

「あー……」

「だから、匠海さんが詩音のこと大事にしてくれてるのは分かってるし、好きでいてくれるのもすごく嬉しいけど、彼女らしいことって、たぶんできないよ」

「相変わらずバカだなあ、詩音ちゃんは」


 思わず、笑ってしまった。

 詩音ちゃんは目を丸くして、拗ねたような顔で俺を見た。


「な、なにそれ……」


 その顔がかわいくて仕方ない。

 彼女らしいこととか、そんなの気にしなくていいのに。


「そもそも俺は今すぐ付き合うとか、そういうつもりはないよ」

「えっ、そうなの……」

「付き合いたかった?」

「ちょっと」


 でっかい声で「お願いします!」と言いたいところだけど、グッと堪えた。


「好きだよ、詩音ちゃん。だから、俺は君が大人になるのを待ってる。成人して、高校を出て、それでも俺といてくれるなら、そのときにまたお願いします」

「……わかった。匠海さん、詩音のこと、待っててね」

「うん、待ってる。ずっと待ってる」


 手を伸ばして、詩音ちゃんを抱き寄せた。

 幸せすぎて、爆発しそうだった。