ぼくは新しい担任になる葉山先生の後ろを歩いていた。心臓がかけっこをしたときのようにドクドクと言っている。
新しい学校は前の学校より小さくて、でも壁や廊下がまだ新しかった。「あいさつを大切に!」という貼り紙を見つけて、ぼくはそうだ、と頷いた。初めて会うクラスメイトたちに、ちゃんとあいさつするんだ。
葉山先生が教室の前で足を止めた。三年二組と書いてある教室。先生は一度ぼくを振り返ってから、引き戸をガラガラと開けた。
「今日から新しいお友だちが二組に加わります。新城さん」
葉山先生に呼ばれて、ぼくは歩きかたを忘れたロボットみたいにカチコチになって教室へ入った。
「転校生とか珍しい〜」
「うわー、可愛い〜!」
「な〜んだ、女かよ」
黒板の前に立ったぼくを見て、クラスメイトたちが思い思いの言葉を口にした。
葉山先生が黒板に「新城奏多(しんじょうかなた)」とぼくの名前を書いている。ぼくはおそるおそる教室を見渡した。好奇心に満ちたたくさんの目がぼくに注がれている。葉山先生に目で促されて、ぼくは息を吸った。あいさつを大切に。
「初めまして。新城奏多です。男です。これからよろしくお願いします!」
ぼくの言葉に教室がざわついた。
ぼくはよく女の子にまちがえられる。
ショートカットというより、ショートボブの髪と、白のブラウスにデニムのキュロット。ぼくの趣味ではない。
ぼくにはお兄ちゃんが二人いて、お母さんは女の子が欲しかったというのと、ぼくが可愛らしい顔をしていることから、一見女子のような格好をさせたがるのだ。
ぼくは自分で服を選ぶのがめんどくさいし、ファッションに興味も薄いので出された服を着ている。でも、今日は失敗したかな、と思った。新しい学校では男の子らしくすればよかったかもしれないと。
「ほら、静かに! 新城には……」
「はい! わたしの隣空いてます!」
一人の女子が手を挙げた。ぼくより少しだけ長いボブの髪はさらさらで、キリリとしたまゆの下にはまあるく大きな目が輝いていた。長いまつげが瞬きをするたびに風を起こしそうだ。
はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。ぼくは先ほどとは違う胸の高鳴りを覚えた。
「深聡、男子きらいじゃん!」
「めずらしい〜」
他の女子が驚いたように言った。
男子きらい?
「なら、新城、山内の隣に座ってくれ」
「はい」
葉山先生の言葉にぼくは頷いて、山内さんという女子の隣の席に座った。
「わたし、山内深聡! みさとって呼んで、かなちゃん!」
丸い目をキラキラさせて山内さんが声をかけてきた。ぼくは複雑な気持ちになった。
「か、かなちゃん? ぼく……」
「男の子だよね? 分かってるって! でも、かなちゃん可愛いんだもん。わたし、気に入っちゃった! 白猫飼ってたの? 可愛いね」
こそっと山内さんが言った。ぼくは筆記用具を取り出す手を止めた。
「え?」
「白猫飼ってなかった? 名前は……姫ちゃんって言うの?」
ぼくは穴が開くほどに山内さんを見つめた。
この子、な、なんで、姫のこと知ってるの?
姫はぼくの家で飼ってた白猫だ。去年の冬に亡くなった。
「わたし、見えるんだ〜」
山内さんの言葉にぼくはギョッとした。ぼくは自分でいうのもなんだけど、怖がりだ。でも、姫は別だ。姫は大好きな家族だったから。山内さんに話しかけようとしたとき、
「授業始めるぞ〜」
葉山先生の声が響いて、ぼくは前に向き直った。
ぼくには姫がついているの? 姫、そばにいるの?
新しい学校は前の学校より小さくて、でも壁や廊下がまだ新しかった。「あいさつを大切に!」という貼り紙を見つけて、ぼくはそうだ、と頷いた。初めて会うクラスメイトたちに、ちゃんとあいさつするんだ。
葉山先生が教室の前で足を止めた。三年二組と書いてある教室。先生は一度ぼくを振り返ってから、引き戸をガラガラと開けた。
「今日から新しいお友だちが二組に加わります。新城さん」
葉山先生に呼ばれて、ぼくは歩きかたを忘れたロボットみたいにカチコチになって教室へ入った。
「転校生とか珍しい〜」
「うわー、可愛い〜!」
「な〜んだ、女かよ」
黒板の前に立ったぼくを見て、クラスメイトたちが思い思いの言葉を口にした。
葉山先生が黒板に「新城奏多(しんじょうかなた)」とぼくの名前を書いている。ぼくはおそるおそる教室を見渡した。好奇心に満ちたたくさんの目がぼくに注がれている。葉山先生に目で促されて、ぼくは息を吸った。あいさつを大切に。
「初めまして。新城奏多です。男です。これからよろしくお願いします!」
ぼくの言葉に教室がざわついた。
ぼくはよく女の子にまちがえられる。
ショートカットというより、ショートボブの髪と、白のブラウスにデニムのキュロット。ぼくの趣味ではない。
ぼくにはお兄ちゃんが二人いて、お母さんは女の子が欲しかったというのと、ぼくが可愛らしい顔をしていることから、一見女子のような格好をさせたがるのだ。
ぼくは自分で服を選ぶのがめんどくさいし、ファッションに興味も薄いので出された服を着ている。でも、今日は失敗したかな、と思った。新しい学校では男の子らしくすればよかったかもしれないと。
「ほら、静かに! 新城には……」
「はい! わたしの隣空いてます!」
一人の女子が手を挙げた。ぼくより少しだけ長いボブの髪はさらさらで、キリリとしたまゆの下にはまあるく大きな目が輝いていた。長いまつげが瞬きをするたびに風を起こしそうだ。
はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。ぼくは先ほどとは違う胸の高鳴りを覚えた。
「深聡、男子きらいじゃん!」
「めずらしい〜」
他の女子が驚いたように言った。
男子きらい?
「なら、新城、山内の隣に座ってくれ」
「はい」
葉山先生の言葉にぼくは頷いて、山内さんという女子の隣の席に座った。
「わたし、山内深聡! みさとって呼んで、かなちゃん!」
丸い目をキラキラさせて山内さんが声をかけてきた。ぼくは複雑な気持ちになった。
「か、かなちゃん? ぼく……」
「男の子だよね? 分かってるって! でも、かなちゃん可愛いんだもん。わたし、気に入っちゃった! 白猫飼ってたの? 可愛いね」
こそっと山内さんが言った。ぼくは筆記用具を取り出す手を止めた。
「え?」
「白猫飼ってなかった? 名前は……姫ちゃんって言うの?」
ぼくは穴が開くほどに山内さんを見つめた。
この子、な、なんで、姫のこと知ってるの?
姫はぼくの家で飼ってた白猫だ。去年の冬に亡くなった。
「わたし、見えるんだ〜」
山内さんの言葉にぼくはギョッとした。ぼくは自分でいうのもなんだけど、怖がりだ。でも、姫は別だ。姫は大好きな家族だったから。山内さんに話しかけようとしたとき、
「授業始めるぞ〜」
葉山先生の声が響いて、ぼくは前に向き直った。
ぼくには姫がついているの? 姫、そばにいるの?



