片思いのアリス

 その日の部活の個人練の時間、わたしはコンクールの曲を練習していた。
 だけどなかなかうまく吹けない。

 当たり前と言えば当たり前だよね。だって先月から吹き始めたばかりなんだから。

 きっとオーディションだって、6月から8月までの伸びしろも加味して判断してくれる……と思う。
 そうは言っても、不安になる。わたし、このまま来月のオーディション、合格できるのかな?

 クラリネットは簡単に言えばリコーダーみたいに、楽器に空いている穴を指で抑えて、抑える穴を変えることで音を変えて吹く楽器。

 特に吹けないのはここ。連符という音符にスラーという繋げて吹くことを指示する記号がついていて、つまり複数の音を繋げて吹くところ。
 連符の音の数が2つや3つならまだ良いんだけど、6つや7つになって、しかも速いテンポとなると、まったく指が追いつかない。

 「先輩、連符がまったく吹けません……。どうしたら良いですか?」
 「うーん、初心者にはまだ難しいから吹けなくてもしょうがないけど……。ゆっくり吹いてみるところから練習したらどう?」
 
 横で練習していた先輩に聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
 ゆっくり。確かにその通り。気持ちも吹くテンポも、すっかり速くなっちゃってた。
 
 「はい! やってみます!」

 先輩はぐっと親指を立てた。
 みんなが個人練をしている音楽室はすごくうるさいから、会話するのも一苦労なんだ。
 
 その時、ふとトランペットを吹いている佐紀が目に入った。
 佐紀のトランペットの音は、すぐにわかる。ゆったりしていて、伸びが良い。
 正直、先輩たちよりも上手だと思う。
 トランペットパートの先輩たちは、佐紀が入部して焦ってるんじゃないかな。

 佐紀はコンクールの曲を軽やかに吹いていく。
 わたしは練習の手を止めて、佐紀のトランペットの音に聞き入った。
 すごく上手。わたしも佐紀みたいに吹ける日が来るのかな。

 って、いけない! わたしも練習しないと!

 わたしはあわてて練習を再開した。