片思いのアリス


 終業式が終われば、今日はあとはホームルームだけ。
 ホームルームも冬休みは羽目を外しすぎないように、とかそういう注意を受けて終わった。

 ――そう。ついにやってきた。
 琴宮先生に告白する瞬間が。

 わたしは教室で佐紀と目が合った。

 「頑張ってね。わたし、何でも受けとめるから」

 佐紀はしっかりとわたしを見て言った。

 「ありがとう。行ってくる!」

 屋上は普段の昼休みならお弁当を食べてる人がほんの少しだけいるんだけど、終業式終わりの今ならきっと誰もいない。

 わたしがプレゼントの包みを持って屋上へ行くと、案の定生徒は誰も居なかった。

 5分くらいたったころ。キイ、と扉の開く音がして、そちらを見ると、琴宮先生が屋上にやってきたところだった。

 「ごめん、お待たせ」

 琴宮先生がいつもの目の無くなる笑顔で言った。

 いつもならかっこいいと惚れ惚れしてしまうけど、今はそんな余裕すらない。

 「いえ、こちらこそありがとうございます」

 わたしたちは屋上の中央に移動した。

 「琴宮先生、やめられてしまうんですね」
 「そうなんだ。ごめんね、言えなくて。生徒には言わないようにって、他の先生から言われてて」
 「そうだったんですか」

 なんだ、わたしにだけ秘密にしてたわけじゃないんだ。

 わたしはほっとした。

 「あの、まずこれ、クリスマスプレゼントです。……気に入って頂けるか、わからないですけど……」

 わたしはプレゼントの包みを差し出した。

 「え!? あ、開けて良い?」
 「もちろんです」

 琴宮先生が袋を開けると、中にはわたし手作りのバイオリンのストラップが入っている。
 琴宮先生はまるで子供がおもちゃを見るみたいにキラキラした瞳でそれを見た。

 「有栖さんが作ったの!? すごく嬉しい! バイオリンのケースにつけるよ!」
 「本当ですか!? ありがとうございます!」

 そこまで喜んでもらえると思わなくて、わたしはほっとした。

 「……それだけじゃないんです。わたし、琴宮先生に伝えたいことがあるんです」

 わたしがそう言うと、琴宮先生はすべてを察したように、まっすぐわたしの目を見た。
 なぜか、琴宮先生も緊張しているみたいだった。


 「……わたし、琴宮先生のことが好きなんです。4月の自習室で、話しかけてくれたときから、ずっと。わたし、琴宮先生ともっと一緒にいたいです」

 
 わたしの目から涙がこぼれた。

 言っちゃった。
 ついに。

 琴宮先生と一緒に過ごしたいろんな思い出がよみがえる。
 でも、一番に思いだすのは、いつだって琴宮先生の笑顔。

 琴宮先生の顔から感情は読めない。
 何を考えているんだろう。

 しばらく沈黙の時間が訪れた。

 「―――気づいてたよ。有栖さんが、きっと、僕のことが好きなんだろうなってこと」
 「やっぱり……。わかりやすいですよね、あはは」

 わたしは無理やり笑った。
 なんだかこの沈黙が耐えられなくて。


 「率直に言うね。有栖さんと僕は、付き合うことはできない」


 「え……」

 またわたしの目から涙がこぼれた。

 「それは、わたしが中学生だからですか?」
 「……そう。やっぱり、大学生の僕は、中学生とは付き合えない。―――泣かないで。ごめんね」

 わたしの涙は止まらない。

 琴宮先生はしゃがんでわたしを見上げる形になって、わたしをじっと見つめた。

 「聞いてくれる? ……きっと、有栖さんにもわかる日が来るよ。僕なんかより、もっと良い人がいるってこと。もっと年が近くて……例えばクラスメイトとか……気が合う素敵な人がいるってこと」
 「そんな人いません! クラスメイトの男子なんてみんな子供っぽくて、琴宮先生はまるで紳士みたいで……!」
 「それは、年が離れているからそう見えるだけだよ。僕だって、同年代から見たら子供みたいなもんだよ」
 「そんなこと……! わたし、琴宮先生のことが本当に好きなんです! もっと一緒にいたいんです! 一緒に色んなところに行きたいんです!」

 わたしは小さな子供みたいに泣きじゃくってわめきちらした。

 もうわかってる。
 望みはないってこと。

 でも、わたしは自分の気持ちを琴宮先生にぶつけることしかできなかった。

 琴宮先生は悲しそうな顔をして、わたしの目を見た。

 「どうかわかってほしい。今は僕のことで頭がいっぱいになってしまってるかもしれない。でも、有栖さんにも絶対素敵な出会いがある。僕なんかにとらわれないでほしい」
 
 琴宮先生も泣きそうな顔をしていた。

 「これまでの僕たちの思い出を否定なんてもちろんしない。コンクールのオーディションも頑張ったよね。コンクールも頑張った。文化祭で一緒に回れて楽しかった。一緒にアンサンブルしたときは、たくさん話し合って工夫したよね。それは僕もすごく楽しかった。有栖さんも楽しかったよね?」
 「はい……」
 「だけど、それと僕らが付き合うことは別のことなんだ。……この思い出は僕たちだけのものだ。これ以上の思い出を作れないのはすごく残念だけど、それで良いんだ。僕たちはもう離れるべきだ。僕は今日この学校を去る。でも、それが有栖さんにとってもきっと良いことなんだ」

 琴宮先生の声はすごく優しい。
 目を赤くしながら、わたしの目を見て話してくれる。

 「僕が保障するよ。有栖さんはすごく素敵な人だから、絶対に僕よりもずっと良い人と出会える」
 「そんなに自分のことを卑下しないでください……! 琴宮先生は、すごく素敵な人です……!」
 「……ありがとう」

 わたしは涙をぬぐいながら言った。

 「僕と約束してくれる? 僕よりも素敵な人と出会って、成長して、いつか僕のことを『こんなやついたな』って思いだしてちょっと笑ってくれる……。そんなことを僕は望んでいるんだ」
 「そんなこと、できるかな……」
 
 わたしは、だんだん心がほぐれていくのを感じた。
 
 「できるよ。僕もずっと有栖さんのことを忘れない。だって、すてきな思い出もあるし、このストラップも貰ったからね。これも、すごく嬉しかったよ」

 琴宮先生は笑顔でわたしにわたしが作ったバイオリンのストラップを見せた。
 あの、目が無くなる笑顔。わたしが大好きな笑顔。

 琴宮先生は立ち上がって、空を見上げた。

 「もう寒くなったね。夏期講習をやってた頃はあんなに暑かったのに」
 「夏期講習、わたしてっきり琴宮先生と一対一でできると思ったんです。そしたら人がたくさんいて、びっくりしたんですよ」
 「あはは、そうだったの?」

 心がほぐれてきたからか、わたしはそんなことが言えた。

 不思議なことに、わたしはだんだん、琴宮先生の言っていることが受け入れられるようになってきた。
 
 琴宮先生よりもいつか素敵な人に出会って、いつか琴宮先生のことを『こんな人いたな』って思いだしてちょっと笑う……そんなこと、できるかまだわからないけど。

 「僕の伝えたいこと、わかってくれたかな?」

 琴宮先生が心配そうにわたしの目を見て言った。

 「……はい。よくわかりました。まだ全部は呑み込めてないけど、琴宮先生の望んでいることは、よくわかりました……」
 「……ごめんね。思いに応えられなくて。でも、わかってくれたなら、嬉しいよ。――もう寒いでしょ? 学校の中に入ろう」
 「はい……」

 ああ、これで終わりだ。
 本当に。

 わたしの琴宮先生への恋が終わる。

 わたしたちは屋上の入口に戻った。
 
 「本当に、お世話になりました。今日は思いを伝えられて、本当に良かったです」
 「僕も嬉しかったよ。有栖さんの気持ちが聞けて」

 わたしたちはそう言い合うと、階段を一緒に降りて行った。

 教室のある3階に着くと、いよいよ本当のお別れになる。

 「じゃあ、わたし、教室に戻ります」
 「うん。帰り、気を付けて。本当に今までありがとう」
 
 「……ありがとうございました!」

 わたしは大きな声でおじぎをして言った。

 きっと周りの生徒もびっくりしたと思う。琴宮先生もびっくりしたと思う。

 「あはは、そういうところが、有栖さんの良いところだよ。じゃあ、僕も職員室に戻るね。これからも頑張ってね」
 「はい! 頑張ります!」

 琴宮先生はそんなわたしに微笑むと、階段を降りて行った。

 これで、お別れなんだ。
 たぶん、一生の。

 わたしはしばらくその場に立ち尽くしたあと、教室に戻った。
 もうみんな帰っちゃったみたい。……佐紀を除いて。

 「……どうだった?」

 佐紀はわたしに近寄ると、複雑そうな顔をして、わたしに話しかけて来た。

 佐紀の顔を見て、わたしはまた涙がこぼれてきた。

 わたしは佐紀に抱き着いた。

 「うえええええええん!!」

 わたしは思い切り泣いた。

 涙が次から次へと流れて、止まらなかった。

 佐紀は何も言わなかった。

 ただわたしの背中をさすってくれた。

 「よく頑張ったね」

 と、一言だけ言った。

 わたしは泣きながら、こくりと頷いた。
 
 わたしは琴宮先生の最後の笑顔を思い出していた。

 ありがとう、琴宮先生。大好き。