片思いのアリス

 それからあっという間に半月ほどが経って、アンサンブルコンサートの本番の日がやってきた。
 
 アンサンブルコンサートは13時からで、幸い午前中にリハーサルの時間を設けることができた。
 ただし1団体1回通すだけ。細かい調整はできない。

 まずクラリネットパートのアンサンブルのリハーサルがあった。
 
 つい琴宮先生とのアンサンブルに夢中になりがちだけど、こちらも手を抜いてはいけない。
 和解したとはいえ、山内先輩にあんなこと言われちゃったからね……。

 通しは大きな事故もなく、無事終わった。

 リハーサルを聞いている他の部員のみんなが、曲を聞きながら手拍子をしてくれた。
 本番でも、手拍子が起こると良いな。

 そしてついに琴宮先生とのアンサンブル。

 部員のみんなに聞いてもらうのもこれが初めて。それもすごく緊張する。

 琴宮先生がバイオリンを持って登場すると、「きゃーっ!」と声が上がった。
 うう、やっぱり琴宮先生、女子人気あるなあ……。

 いやいや、そんなこと考えない。
 わたしは演奏を楽しむこと、成功させることだけを考えれば良いんだから……!

 「では、琴宮先生、有栖さん、始めてください」

 リハーサルの進行係の先輩が声をかけた。

 わたしたちは無言でうなずく。

 わたしの合図で、演奏が始まった。
 そこに琴宮先生のバイオリンが入る。

 うん、うまくいってる。

 次は、課題にされた高音のところ――。


 ――そこで、わたしは思いっきり指を滑らせて、でたらめな演奏をしてしまった。
 

 それは一瞬の出来事で、すぐに演奏にもどって、琴宮先生も「大丈夫だよ」と言うかのようにバイオリンを弾きながら頷いてくれたけど、わたしは悔しくてしょうがなかった。

 それでも演奏が終わると、部員のみんなが拍手をしてくれた。

 わたしは席に戻ると、うつむくことしかできなかった。

 どうしよう、失敗しちゃった……。
 琴宮先生も練習してくれてるのに、それにわたしもあんなに練習したのに……。

 それでもリハーサルは続く。
 わたしは悔しくて不安で泣きたい気持ちをこらえて、他の団体のリハーサルの曲を聞いた。

 

 リハーサルが終わり、待合室で待機している時間。
 公民館のホールでは、もう演奏が始まっている。

 演奏順は、琴宮先生とのアンサンブルが先で、クラリネットパートのアンサンブルが後。
 もうすぐ琴宮先生とのアンサンブルの順番がやってくる。

 わたしがうつむいて席に座っていると、琴宮先生が、わたしのところにやってきた。

 「ごめんね。僕が課題なんて出したからだよね。それで気負っちゃったんだよね」

 琴宮先生は心底申し訳なさそうに言った。

 「いえ、わたしの練習不足です……」
 「そんなことないよ。本番前に緊張するのは、誰でもあることだよ。僕が緊張させちゃったよね」

 「ねえ、こんな想像してみない?」

 突然琴宮先生は明るい声で言った。

 「前、有栖さんが言ってくれたよね。森で動物たちが踊ってるみたいな曲って。だから、僕らは森の音楽家。クラリネットとバイオリンで、森に朝を告げるんだ」
 「森の、音楽家……」
 「大きなホールで吹くような音楽家じゃないよ。森で動物たちと一緒に音楽を楽しむ音楽家。ちょっとくらい間違えたって、何にも問題ないよね?」
 「そう、でしょうか……」
 「うん、そうだよ」

 琴宮先生はわたしの隣の席に座った。

 「課題の件は本当にごめん。プレッシャーかけちゃったよね。もう課題は気にしないで、楽しくやろう」
 「……はい!」

 「琴宮先生と有栖さん、舞台裏行ってくださーい!」

 進行係の先輩が言った。

 「はい!」

 わたしは答えた。

 そうだ。わたしたちは森の音楽家。
 動物たちの眠る森に、朝を告げるんだ。