片思いのアリス

 2日後の水曜日の部活動の時間。

 わたしは、琴宮先生と約束した時間に教室で待っていた。

 『聞いている人が楽しくて踊りたくなるくらいに、息の合った楽しい演奏を届ける』……。
 琴宮先生の目を見る……。

 合言葉のように、わたしは心の中で何度も呟く。

 そのとき、琴宮先生がバイオリンのケースを持って教室に現れた。

 「待たせてごめんね」
 「いえ! 今来たとこです」

 今の会話、まるでデートの待ち合わせみたいじゃない!?

 わたしは変なところでテンションが上がってしまった。

 また琴宮先生はバイオリンをケースから取り出すと、チューニングを始める。
 琴宮先生が響かせるバイオリンの音が心地いい。

 譜面台を組み立てて向かい合うと、お互い目線を合わせる。

 「よし、じゃあ本番も近いし、メトロノームなしでいこうか」

 実は、まだ2回目の合わせだけど、琴宮先生とは最後の合わせなんだ。
 琴宮先生、大学が忙しくなって、学校に来られないんだって。

 だから、今日わたしたちはこの曲を仕上げないといけない。

 メトロノームをつけない練習も、何度もした。
 きっと大丈夫。わたしならできる。

 曲はクラリネットのソロから始まる。
 わたしはすんっと息を吸って、フレーズを吹き始めた。

 そして琴宮先生のバイオリンが入る。
 曲に彩りが加わる。

 わたしは琴宮先生の目やバイオリンの弓の動きを見ながらも、森で踊る動物たちを思い浮かべていた。
 ウサギやリスが、わたしたちの演奏に合わせて楽しそうに踊るの。

 1回目の合わせの体感時間はあっという間だった。
 それだけ集中できていたということかもしれない。

 「すごい良くなったよ!」

 演奏が終わるなり、琴宮先生が笑顔で言った。

 「本当ですか!」

 笑顔で褒めてもらえるのが嬉しくて、わたしも満面の笑みで言った。

 「……正直さ。先週の合わせのとき、大丈夫かなってちょっと不安だったんだ。でも、それを有栖さんもわかってくれてたんだね。猛特訓したでしょ?」

 ご名答すぎる。

 「……はい。やばいと思って、土日にカラオケで猛特訓しました」
 「やっぱり。嬉しいよ、ここまで本気で取り組んでくれて」

 琴宮先生はそう言うと、腕を組んで少し首をかしげて、こう言った。

 「じゃあ、ちょっと課題を出そうかな。本番までに、できたらいいなってところ」
 「な、なんですか!?」
 「そんなに気負わなくていいよ」

 琴宮先生は不敵に笑った。
 ブラック琴宮先生、かっこいい……。

 「高音で弾むように吹くところがあるでしょ? そこがまだちょっと硬いと思うんだ。だからそこを軽く吹けるようになれたら、もっと良い演奏になるかな」
 「わ、わかりました……!」

 高音で吹くところ、難しいんだよね……。
 苦手なところを突いてくる琴宮先生、さすがすぎる……。

 「実は、僕も曲を弾くのでいっぱいいっぱいなんだ」
 「ええ!? あんなに簡単そうに弾いてるのに……!?」
 「あはは、そう見える?」

 琴宮先生は困ったように笑った。

 「そりゃあ有栖さんよりは周りが見えてるとは思うけど、それでも自分の演奏に精一杯なところもあるよ。僕もまだまだ練習が足りないんだ」

 琴宮先生はそう言うと、今度はわたしの目をしっかり見て言った。

 「だから今日は僕の練習でもあるんだ。付き合ってくれる?」
 「も、もちろんです!」

 『付き合ってくれる?』なんて言われたら、別の意味に聞こえちゃうよ……!

 なんてわたしはこの場でも呑気に考えていた。

 それからわたしたちは何度も合わせをした。
 通しだけじゃなくて、同じ箇所を何度も合わせたり、個別に1人ずつ演奏してみたり。

 琴宮先生に、「これどう思う?」なんて聞かれたりした。
 そんなの、「良いと思います!」としか言えないよ……!

 そうしているうちに、部活動が終わる時間が近づいてきた。
 わたしたちは最後にもう1回だけ通しで合わせることにした。

 また演奏はわたしのソロから始まる。
 わたしの合図で、曲が始まる。

 琴宮先生のバイオリンが入ったとき、わたしは「あれ?」と思った。
 わたしにでもわかる。さっきより響きが良い。

 ほんとうに、今日はわたしの練習だけじゃなくて、琴宮先生の練習でもあったんだ。
 琴宮先生も、まだ成長途中なんだ。……なんて言ったら、失礼かな。

 そして高音で弾むように吹くところ。
 ここはまだまだ練習が足りないかも……!
 本番までに、なんとかしないと。

 曲が終わると、琴宮先生は満面の笑みを浮かべた。

 「今日最初に合わせたときよりも、うまく弾けた!」

 まるで小さい子供みたいに、琴宮先生は笑った。

 わたしはその姿がすごく印象的で、ぼーっと見つめてしまった。

 「あ、ごめん。テンション上がっちゃって」

 琴宮先生は恥ずかしそうに笑った。

 「いえ、琴宮先生のバイオリン、すごく素敵でした!」

 琴宮先生も、あんな風に子供みたいに笑ったりするんだ。
 わたしは琴宮先生の新たな一面を知れて、嬉しくなった。

 「じゃあ、そろそろ終わりの時間だね。今日はありがとう。本番、頑張ろうね」
 「はい! 頑張りましょう! それまでに、課題、なんとかしますね……!」
 「あはは、そんなに気負わなくて良いからね。できたらでいいから」

 琴宮先生はそう言うけど、言われたからには、絶対にできるようになるぞ!
 今週もカラオケコースだな。

 こうして、琴宮先生との最後の合わせが終わった。
 本番、緊張するけど、頑張るぞ!