片思いのアリス

 それから1週間くらいが経った。
 吹奏楽部は来月のアンサンブルコンサートに向けての練習に熱が入っていた。

 わたしが参加するアンサンブルは2つ。
 1つはクラリネットパート全員が参加するアンサンブル。
 もう1つはご存じのとおり、琴宮先生とのアンサンブル。

 正直なところ、わたしはもう1つの琴宮先生とのアンサンブルが心配過ぎて、クラリネットパートのアンサンブルにはあまり練習に力が入っていなかった。
 
 ……そしたら、先輩に言われちゃったの。

 「あのさ、ゆいちゃん」
 「はい!」

 クラリネットパートのアンサンブルの合わせのあと、わたしはパートリーダーの先輩――山内(やまうち)先輩に呼び止められた。

 「琴宮先生とアンサンブルできて嬉しいのはわかるけどさ。もう少しクラリネットの方も頑張ってくれない?」

 ……と言われた。
 わたしはサーッと体が冷たくなるのを感じた。

 「す、すみません……」
 「クラリネットの方は同じパートの人もいるから安心かもしれないけど。わたしたちだって力入れてやってるから」
 「はい……。頑張ります……」

 やっちゃったよ……。
 すっかり山内先輩からの信頼はガク落ち。せっかくコンクールと文化祭で一緒にやってきたのに。

 山内先輩は言うだけ言って、去って行った。

 ……クラリネットのアンサンブルも頑張らないと……。

 わたしは琴宮先生とアンサンブルをすることになって舞い上がっている自分を反省した。
 わたしは琴宮先生が好きだけど、それ以前にクラリネットパートの一員なんだから。

 ……課題はそれだけではなかった。



 さらに1週間後の水曜日。
 今日は初めて琴宮先生との合わせをする日だった。

 もうアンサンブルコンサートまで半月ほどしかない。
 時間がない……わたしはあせっていた。

 わたしが練習場所の教室で自主練をしながら待っていると、バイオリンのケースを持った琴宮先生が現れた。

 ケースからバイオリンを取り出し、チューニングを始める。
 
 バイオリンを弾いてる琴宮先生、相変わらずかっこよすぎる……!

 「よし、まずはメトロノームをつけながら始めようか」

 琴宮先生がバイオリンを顎にはさんで言った。
 メトロノームはカチ、カチ、カチ、と一定のリズムを刻み始める。

 アンサンブルは指揮者がいない。
 だから演奏者同士の合図が大切なんだ。

 わたしと琴宮先生は目を合わせて、演奏を始める。

 わたしはとにかくメトロノームのテンポ通りに吹くのに必死。
 楽譜をかじりつくように見てしまう。

 それに、わたしの音だけがむきだしになるのって、すごく恥ずかしい。
 わたし、自分で思ってるよりも下手かも……。

 演奏が終わると、ふう、と琴宮先生が息を吐いた。
 何を言われるか、どきどきする。

 「とりあえず今日はメトロノームをつけてた方が良いね」
 「はい……」

 わたしはしょんぼりして返事をした。
 わたし、メトロノームのテンポからもずれるときあったもんね……。

 「初心者だから楽譜通りに吹くことに精一杯になっちゃうけど、できるだけ譜面から顔を上げて、僕の目を見て、息を合わせて。一緒に吹こう」

 琴宮先生はわたしの目をしっかり見て言った。

 「はい……」

 わたしはまたしょんぼりして返事をした。

 「でも、よく練習できてるよ。連符も頑張ったね。前に職員室で話したみたいに、聞いてる人に朝の森をイメージしてもらえるような演奏にしよう」
 「ありがとうございます……。頑張ります……」

 正直、ただのお世辞にしか聞こえなかった。
 だって連符も、メトロノームのテンポからずれてたし。

 ……わたし、ダメダメだ。
 琴宮先生とのアンサンブルも、クラリネットパートのアンサンブルも。

 それから1時間ほど、練習(というか琴宮先生によるわたしへの指導)はみっちり行われた。
 
 琴宮先生のアドバイスはとてもためになった。
 こうしたら良いのか、という気づきがたくさんあった。

 「ありがとうございました!」

 最後に通して吹いたあと、わたしは音楽室に戻らないといけない時間になったので練習はおひらきになった。

 「最後はメトロノームにも合わせられてたよ。次はメトロノームなしで吹けるように頑張ろう」
 「はい……」

 ほんとにできてたかなあ……。
 琴宮先生の言葉が、お世辞にしか聞こえない。
 わたし、疑心暗鬼すぎ?

 そんなわけで、わたしはクラリネットパートのアンサンブルと、琴宮先生とのアンサンブル、2つの課題を抱えることとなった。