片思いのアリス

 喫茶店はレトロ風みたいで、なんだかおしゃれな雰囲気だった。
 余計わたしと琴宮先生のデート感が増しちゃうよ!

 席に案内されると、わたしと琴宮先生は向かい合って座った。
 いざ向かい合うと、どこを見たらいいのかわからない。
 わたしは琴宮先生の髪とか、ほくろとかを見ていた。

 「有栖さん、何を注文したの?」
 「オレンジジュースです。琴宮先生はなんですか?」
 「コーヒーにしたよ」

 何気ない会話に、胸がどきどきしてしまう。
 
 ……やっぱりわたし、琴宮先生が好きなんだ。

 そ、そうだ、こんな機会めったにない。先生にいろいろ聞いてみよう!

 「先生、バイオリンはいつから始めたんですか? すごくお上手ですよね!」
 「そんなことないよ。……小学生から始めたよ。最初は親に無理やり習わされたんだ。でも弾いてるうちに楽しくなってきて……。有栖さんこそ、自分から楽器を始めててえらいよ」
 「えへへ……」

 突然先生に褒められて、わたしは笑うことしかできなかった。

 「文化祭、すごく楽しいね。生徒のみんなには、とにかく学校生活を楽しんでほしいな。僕もまだ大学生だけど、みんなが学校生活を楽しむお手伝いができるような先生になりたいんだ」
 「琴宮先生、学校の先生になりたいんですか?」
 「うん、一応ね。そのためにこのバイトもしてるし」

 先生の夢が聞けて、わたしは嬉しい気持ちになった。

 琴宮先生が担任の先生だったら、すごく楽しいだろうな……。

 「お待たせしました。コーヒーとオレンジジュースです」

 ウエイター係の子が、飲み物を持ってきた。
 わたしたちは「ありがとうございます」と言って受け取る。

 ……わたし、ずっと考えてたことがあるの。
 琴宮先生が喫茶店に行こうって言ってくれたときから。
 今なら聞けるんじゃないかって。

 ……彼女が、いるかどうか。

 「先生、彼女はいますか?」
 「ええ!? げほっ!げほっ!」
 「わわわわ!! すみません!!」

 琴宮先生はわたしの衝撃の質問に、むせてしまった。
 わたしはあわてて席を立ち、琴宮先生の背中をさする。

 「ご、ごめん、急にすごいこと聞かれたから……」
 「すいません、気になっちゃって……」

 ……で、どうなんだろう。
 いるのかな。いないのかな。

 「彼女はいないよ」

 琴宮先生は困ったように笑いながら言った。

 よ、良かったーー!

 わたしはなんとか嬉しさを隠すように、薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けながら、席についた。

 「そうなんですね! 急に気になって、思わず聞いちゃいました!」
 「びっくりしたよ……」

 「それで、ここからが本題なんですけど……」
 「ええ? まだなにかあるの?」

 琴宮先生は警戒するように顔をこわばらせた。
 警戒させるようなことをしてしまったのはわたしだ。申し訳ない。

 「いや、もう変なことは言いません! ……たぶん。……吹奏楽部は、10月に公民館でアンサンブルコンサートをやるんです」
 「へー! そうなんだ!」

 ほんとは職員室とかでお願いしようと思ってたんだけど、こんな絶好のチャンスはない。
 わたしは真剣なまなざしで、琴宮先生に言った。

 「アンサンブルコンサートで、わたしとアンサンブルをして欲しいんです」

 ……言った。
 ……言っちゃった。

 こんな初心者のわたしが、熟練の琴宮先生に、アンサンブルを申し込んじゃった。

 夜の音楽室で琴宮先生のバイオリンを聞いてから、ずっと思ってた。
 一緒にアンサンブルしてみたいって。

 初心者のわたしには本当はまだはやいだろうけど、来年も琴宮先生が新緑学園にいる保証はないし、わたしは思い切ってお願いしたかったんだ。

 ……実は琴宮先生がアンサンブルコンサートに参加して良いかは、もう部長の先輩に確認済み。
 だからあとは琴宮先生の返事次第なんだけど……。
 やっぱり断られちゃうかな……。

 「……いいよ。やろう。曲は決まってる?」

 琴宮先生も真剣な眼差しで、そして少し楽しそうに、答えてくれた。

 「いや、曲の探し方もよくわからなくて……」
 「じゃあ、僕が適当にみつくろってくるよ。有栖さんでも大丈夫そうな、できるだけ吹きやすい曲」
 「あ、ありがとうございます!」

 こっちがお願いしたのに、曲を探してくれるなんて。
 琴宮先生、良い人すぎる……!

 「僕、嬉しいよ。コンクールはちょっと残念な結果だったけど、こうしてまた新しい目標に挑戦してくれて。アンサンブルは少しまた違う難しさがあるけど、頑張ろうね」
 「はい!」

 それからも、わたしと琴宮先生はいろんな話をした。
 誰が面白いことをしたとか、他の先生のうわさ話とか。

 ……すごく、琴宮先生との仲は深まったと思う。

 「じゃあ、そろそろ出ようか」

 琴宮先生が言った。
 気が付けば1時間近くが経っていた。
 そろそろ文化祭も終わる時間が迫っている。

 「そうですね」

 わたしは少し名残惜しかったけど、席を立った。

 1年5組の教室を出ると、どたどたと走って来る音が聞こえた。

 「やっと見つけた! ゆい!」

 走ってきたのは佐紀だった。

 「佐紀! シフト終わったの?」
 「うん! ゆい、クラスにみんな集まってるよ! ゆいも行こう!」

 「じゃあ、僕はそろそろ職員室に戻ろうかな」
 「琴宮先生、ありがとうございました! アンサンブル、よろしくお願いします!」
 「うん、こちらこそ」

 琴宮先生は微笑んで、廊下を歩いて行った。

 琴宮先生がいなくなると、佐紀はぽかんとした顔でわたしに言った。

 「え? なに? 琴宮先生とアンサンブルやるの?」
 「そうなの! ずっと内緒にしてて、ごめん。てっきり断られちゃうと思ったから」
 「すごいじゃん! 色々大変だと思うけど、わたしも応援する! じゃあ、教室行こ!」
 「うん!」

 そのとき、丁度アナウンスが入った。

 『15時になりました。これにて、新緑学園の文化祭を終了します。お越しいただきありがとうございました』

 10月に大きな課題を残して、わたしたちの文化祭は終わった。