片思いのアリス


 迎えた夏休み初日。
 わたしは朝から部活のため支度をしていた。
 
 いつもはもちろん放課後だけの部活だけど、夏休みは朝から夕方までみっちり練習。
 きついけど、頑張らなきゃ!

 「行ってきまーす!」

 家を出ると、わたしは夏の太陽のじりじりとした強い日差しを浴びた。
 うーん、夏が始まったって感じ。
 
 わたしの家の前では、いつものように佐紀がわたしを待っていた。

 「おはよう! 佐紀」
 「おはよー」

 佐紀は眠そうに挨拶をした。

 「どうしたの? なんか眠そうだけど」
 「昨日遅くまで、スコアを読み込んでたんだ。そしたら寝不足になっちゃって」

 スコアっていうのは、その曲の全部の楽器の譜面が書かれてる本のこと。

 佐紀は自分のスコアをカバンから取り出すと、わたしにパラパラと見せた。
 色んな楽器のパートにたくさん書き込みがされてる。
 
 すごい。わたしはクラリネットのことで精一杯なのに、佐紀は全部の楽器に気を配ってるんだ。

 「すごいね。わたしもやってみようかな」
 「一度スコアを見ながら曲を聞くだけでも勉強になるよ。やってみたら?」
 「うん!」

 わたしたちは学校に向かって歩き出した。

 「明日は琴宮先生の夏期講習なんだ! 楽しみだなー!」
 「スコアの話をしたと思ったらすぐ琴宮先生!? まったく、真面目にやってんだかやってないんだか」

 佐紀はため息をついた。

 「もちろん部活も頑張るよ! なんたって金賞を獲るんだからね!」
 「それなら良いんだけど」

 学校に着いて階段を昇り音楽室に入ると、既に練習している部員が何人もいた。
 わたしたちもちょっと早めに登校したつもりだったんだけど、みんなもっと早く来て練習してたんだ。
 わたしももっと気合入れないとな。

 「じゃあ、またあとで」
 「うん!」

 クラリネットとトランペットは練習する席が離れているから、わたしたちは一旦別れた。

 今日は、午前中は朝1時間くらいは音楽室で個人錬をして、そのあとパートごとに練習をすることになってるの。
 そして午後は木管楽器と金管楽器に分かれて練習。

 木管楽器っていうのは、簡単に言うと木でできてる楽器のこと。金管楽器は、その名の通り金属でできてる楽器のこと。
 楽器の見た目も違うし、曲の中での役割も違うんだって。

 楽器庫に行って、自分の(学校の備品だけど)クラリネットを取り出す。
 ちなみに佐紀は自分のトランペットを持ってる。わたしもいつか自分の楽器が欲しいな。

 そしたら自分の楽器に名前をつけるの。
 佐紀は自分のトランペットに名前をつけてるんだって。名前は教えてくれないけどね。

 楽器の準備をすると、自分の席について、まずは基礎練を始めた。
 ロングトーンっていって、一定のテンポで1つの音を伸ばす練習。

 コンクール前になると、コンクールの曲をたくさん練習したいと思いがちだけど、基礎練がすごく大事なんだって。
 佐紀もよく言ってる。基礎練がすべての土台になるって。

 しばらく基礎練をして、ようやくコンクールの曲の練習に取り掛かる。

 オーディションのときに苦しめられた連符だけど、相変わらずちょっと不安定。
 6月に比べたらだいぶ吹けるようになってきたけど、失敗しちゃうこともある。

 そしてわたしの最近の課題は、高音。
 キーッ! って、耳を塞ぎたくなるような音になっちゃうの。

 ここでもわたしは琴宮先生の言葉を実践する。
 
 『なぜできないか。どうしたらできるようになるか』

 わたしは早速先輩に聞いてみることにした。

 「先輩、ここの高音、綺麗な音が出ないんです。どうしたら良いですか?」
 
 先輩はその場で少しクラリネットを吹いてみたりしてから、こう答えた。

 「自分の出したい理想の音を鮮明にイメージすることが一番大事かな」

 自分の出したい理想の音を、鮮明にイメージする……。わたし、そんなことまったくしてなかった。
 一体、どうしたら良いんだろう。

 ……そういえばわたし、最近はプロの人の演奏も聞くようにしてるんだ。
 プロの人の出すクラリネットの高音って、木が響くような、優しい音なんだよね。

 そうだ、わたしもそんな音、出したいな……。

 そのためにどうしたらいいか、色々考えてみよう。

 「はい、やってみます!」

 わたしは元気よく答えた。

 それにしても、高音が気になるようになったっていうのは、進歩だよね。
 オーディションのときには、高音のことなんて気にもとめてなかったんだから。
 なんて、ちょっと自分に甘すぎ?

 わたしは高音と戦いながら、もちろん連符や他の部分も練習をして、個人練の時間を終えた。
 次はパート練習! 先輩にたくさん注意されないように、頑張らなきゃ!



 こうしてパート練習、木管楽器での合奏も行って、今日の部活が終わった。

 案の定、パート練習でも木管楽器の合奏でもたくさん注意されちゃった。わたし個人だけじゃなくて、クラリネットパート全体にもだけど。
 注意されたところは、楽譜に全部メモしてある。少しずつ改善していかないと。

 わたしは帰り道、佐紀とコンクールの曲の改善点について話しながら歩いていた。……んだけど。
 急になぜか、琴宮先生の顔がわたしの頭に浮かんじゃった。

 「さて、今日の部活が終わりってことは、明日は琴宮先生の夏期講習!」

 わたしはさっきまで吹奏楽のことで頭がいっぱいだったくせに、一気に頭の中は琴宮先生でいっぱいになった。

 楽しみだなー! なんていっても先生と一対一なんだもん!

 「ちょっとー、今までコンクールの話してたよね? それに明日も部活あるんですけど?」

 佐紀が不服そうに言う。

 「ごめんごめん。テンション上がっちゃって」
 「まあ、部活も真剣にやってるみたいだから良いけどさ」

 佐紀はため息をついて言って、そのままわたしの家に着いたので、「じゃあまた明日」と言って別れた。