片思いのアリス

 「フルート、もっと丁寧に吹いて! ホルン、リズム崩れてる!」

 7月、コンクールの練習は激しさを増していた。

 指揮をしている顧問の飯田(いいだ)先生は演奏を止めると、厳しい声で言った。

 「良いですか? コンクールまであと1ヶ月しかありません。気を引き締めていきましょう」
 「はい!」

 合奏に参加している部員全員が返事をした。

 「じゃあ、今日の練習は終わり。みなさん、コンクールの曲も大事だけど、基礎練も怠らないようにね」
 「はい!」

 わたしはここ最近の激しい練習で、げっそり疲れていた。
 先生もピリピリしてるし、先輩もなんだかいつもより怖いし。6月のオーディションとはまた違う空気の張りつめよう。
 
 部活の練習が終わり、楽器を片付けていると、涼しい顔で既に楽器を片付けた佐紀がやって来た。
 
 「ゆい、帰ろー」
 「うん、帰る……」

 この空気でその余裕、佐紀すごすぎ……。

 わたしはへなへなと返事をして楽器を片付け、カバンを背負った。

 音楽室を出ると、小さな声で佐紀が言った。

 「さすがにコンクールまで1ヶ月だと、ピリピリしてくるね」
 「ね。先生も先輩も怖いし、もう嫌になっちゃうよ……」

 わたしが弱音を吐くと、佐紀がぽん、とわたしの肩を叩いた。

 「でも、絶対金賞獲ろうね」
 「……! うん!」

 そうだった。

 わたしたちがこんなに頑張ってるのは何のため?
 そう、8月のコンクールで金賞を獲るため。

 コンクールの舞台に立つために、6月のオーディションだってあんなに頑張ったんじゃない。
 わたしは自分をふるいたたせた。

 「ところでゆい、違うことでも悩んでるんでしょ」
 「そう、ご名答……」

 昇降口を出る頃、佐紀はにやにやと笑いながら言った。
 わたしはまたへなへなと返事をする。

 わたしの新たな悩み。それは琴宮先生のこと。
 
 わたしはあることに気が付いたの。それは、夏休みに入ったら琴宮先生に会えなくなっちゃうってこと。

 それってわたしにとっては一大事。
 だって今のわたし、琴宮先生とコンクールの二大柱で頑張ってるんだから。
 柱が一本崩れたら、大事件でしょ? 

 「夏休みにデートの約束をするとか!」
 「絶対ムリ。やめときなよ」

 わたしが人差し指を上に立てて言ってみると、佐紀が速攻却下した。

 わたしはうーん、と頭を抱えて考える。
 なにか良い方法はないかな。琴宮先生と夏休みでも会える方法……。

 「そうだ! 夏期講習だ!」
 
 わたしは大きな声で言った。

 「夏期講習?」

 佐紀は不思議そうに復唱する。

 「そう、夏期講習! 先生に夏期講習をお願いするの。そしたら夏休みでも会えるでしょ?」

 わたしは早速妄想する。
 夏期講習。もちろん琴宮先生とわたし、一対一。
 夏の暑い教室で、二人で勉強するの。
 
 『琴宮先生、ここがわかりません……』
 『有栖さん、良いところに気が付いたね。ここはね……』

 「おーい。何妄想してるの?」
 「はっ!」

 佐紀の声で、わたしは現実に引き戻された。
 
 ここは夏の教室じゃなくて、夕方の住宅地だった。
 カー、カー、とカラスが鳴いている。

 「でも夏期講習は良い口実かもね。今度言ってみたら?」
 「うん! 言ってみる!」

 わたしは次の水曜日、先生に夏期講習のお願いをすることを決意した。