双子の姉、シャルロッテを表現するとしたら、「猪突猛進」という言葉しかない。
後先考えずに突っ走っては、……瞬発力と運動神経の良さでうまくいくこともあるけど、怪我をすることだってあるわけで。
僕としては、同じ顔をしているもう一人が怪我をしてること自体が嫌なんだけど、ロッテは、
「やっぱりさ、やらなくて後悔より、やって後悔の方が気持ちいいわよね」
などと、膝や肘から血をダラダラ流しながら楽しげに笑うのだ。
後悔じゃなくて反省を求めたい。
先日は王都で、暴漢たちを捕まえたそうだ。
乗っていた馬車から見つけた、……ロッテの言葉を借りると「美しいレディ」が困っているのを見過ごせなかったのだとか。
ロッテは停めさせた馬車から飛び降りると、まずは一人目の暴漢を蹴り上げ、不意をつかれた彼が落とした剣で、ズバズバと残りの二人を倒した。……と姉専属の侍女、エマから聞いた。
「もう、それはそれは……お嬢様の剣技が華やかで見惚れちゃいました!」
姉付きの侍女たちはどうも姉に甘すぎるし、一緒にいた護衛の役割を取り上げるのもどうかと思う。
しかも助けた伯爵令嬢には、
「名乗るほどのものじゃありませんから」
と言って去ってきたとか。
(ロマンス小説か……)
そんなロッテの口癖が、
「私がアルを守るからね!」
だ。
子供の頃頻繁に寝込んでいた僕を見て、
「アルが死んじゃう」
と何度も思ったようなのだ。
(あの頃の僕は天使みたいな愛らしさだったからね。自分で言うのも、だけどさ)
もちろんロッテも同じ顔をしてたけど、太陽に愛された彼女の肌は小麦色で、瞳には精気が満ち溢れてたから……。青白く弱々しい僕が、今にも消えそうで怖かったのかもしれない。
「本物の天使が嫉妬して連れてこうとしてるのよ」
とロッテはよく憤慨していた。
そんなロッテを宥めるために、
「ロッテじゃなくてよかった(天使がぶたれちゃう……)」
と呟いたのだけど、それが自分を慮ってくれたように感じたのだろう。
「アルは優しい」という刷り込みの始まりだった……。
未だにロッテは、僕を「少しシニカルだけど優しい双子の弟」だと思ってる節がある。
そんなの、魔力もなく、ただ体の弱いだけの僕ができる、数少ない処世術のひとつに過ぎないのに。
……まあ、ロッテの夢を壊さないように、猫を被ってあげてる、というのもあるけどね。
このように本当の僕は、捻くれている上に可愛げがなくて、口も性格も悪い。良いのは頭脳と、両親から受け継いだ顔ぐらいかな。
そして今日も、シャルロッテは暴走していた。
「お母さま、私たちをテストしてください!入れ替わった私たちがお母さまに見破られなかったら、この作戦を認めてくださいませんか!?」
(なんだって?)
ギョッとして彼女を見ると、褒めろ!とばかりにドヤ顔をしたロッテが見返してきた。
国王陛下の無茶振りに対し、現在マストなのは確かに僕とロッテの入れ替わりだ。
だけど楽観主義の父と違い、愛情深く慎重な母は反対だった。その母に安心してもらい、協力体制を敷いてもらおうと理論展開してきた僕の努力が……。
……無駄になるだろうな。
なぜなら母に入れ替わりが通用したことがないからね。
この十五年間、たった一度も。
シャルロッテ、キミは本当に、
(無謀すぎるでしょ…)
◇
「はい、そこ。足を広げて座らない」
「いや、男の子ならこのくらい広げてもおかしくないわよね」
「……言い方を変えよう。普通の男はそうかもだけど、僕はそんなに広げすぎない。これでわかる?」
「……!」
《母に私たちの入れ替わりを認めてもらうテスト》が正式に決まってから、アルフレートは鬼教官になった。
マナーの家庭教師の先生より厳しい。
(まるで小さいお母さまだわ)
「本番は明日なんだよ。もっと真剣にやって」
夜になるとアルの部屋に集合し、今日はもう三日目。明日はいよいよ決戦の日、なんだけど……。
着心地のいいシャツに動きやすいパンツ。ふだんヒラヒラしてる割にはムダに重いドレスしか着られない身としては、こんな時くらい足も広げたい。
どうしても開放感を味わいたくなってしまう。
(それに今日は、なんだかお腹がモヤモヤするのよね)
夕食後のチョコレートトルテをおかわりしたのが原因かしら。でも仕方がないわ。コーティングのチョコも美味しかったし、バタークリームも絶品だったし……。
「シャルロッテ」
小さいお母さまは私の名前を呼んで、ひとつため息を吐いた。
雑念がバレたらしい。
「成功するかはロッテにかかってる。僕はほぼ大丈夫だからね」
こういう時のアルは頼もしくもあるけど、
「ロッテの動きのポイントは、レディにしてはガサツだな、ってとこ」
それは余計なひと言だわ。
(アルったら、いつからこんなに口が悪くなったのかしら)
それでも私が文句を言えないのは、椅子に座るときの仕草、ティーカップを持つときの腕の上げ下げ、話すときの息継ぎの癖まで、アルが私を完璧にトレースしてるからだ。
まるで鏡を見ているみたいに。
「人間観察が好きなんだ。相手の外見や動きだけじゃなくて、その人が今何を考えてるか、何をしたいか。内面を見るんだよ」
(アルは、ほんと社交界向きよね…)
社交界は人間関係の戦場だと言われている。
貴族達は建前という仮面を被り、相手の腹を探りながら会話をするのが常で、それは私が最も苦手なものだった。
足を引っ張られないように、家名に傷をつけないように。
レディはレディらしく、慎ましやかに淑やかに。
そんな窮屈な会話は、私が私でいられなくなってしまうようで……。
でもきっとアルなら……いつか体が丈夫になれたとしたら、すぐにでも社交界で輝けるに違いない。
ふと、後光に照らされたアルを想像してしまう。もちろんそういう輝きじゃないんだけど。
「ふふふ…」
頭の中に浮かんできたアルがおかしくて、つい笑ってしまったけど、すぐに本人の呆れた声が飛んできた。
「……あのさ、ロッテ。入れ替わりのテストを言い出したのはキミなんだよ」
「ごめん、ごめん。ちゃんとやるから」
今日はどうも集中できなくて困る。
アルの予想が当たれば、テスト内容は庭園でのお茶会だ。
お茶とお菓子を頂きながら、その様子を見たお母さまが私たちのどちらが本物のアルかを当てる。
私の「見たものに変身する魔法」は使えない。使ったところで、お母さまに効果の期待はできないだろう。
テスト内容が二人のシャルロッテじゃないのは、二人のアルフレートの方がよりわかりやすいからだ。
悔しいけど、その方が私のボロが出やすい、ってことね。
「……世界一難しいテストだね」
アルが唇をキュッと結ぶ。
そう、家庭教師が出してくる、どんないじわるな問題よりも強敵だ。
私たちのことを知り尽くしてるお母さまが相手なのだから。
「でも絶対に勝たなきゃ」
明日はお父さまの名誉、私たちのこれから、色々なことが変わるターニングポイントだ。
私の声がよほど深刻だったのだろう。
少し驚いたように瞳を丸くしたアルが、
「シャルロッテなら頑張れるよ」
慰めだか応援だかわからない言葉をくれる。
(……でもこう言う時はさ、)
「ふたりならきっと大丈夫」
(そうでしょ、アル?)
聞こえるはずのない私の問いかけに答えるように、アルはふわりと微笑んだ。
――……そして、明日が誰にも平等に訪れるように、私たちにも運命の日がやってきた。
後先考えずに突っ走っては、……瞬発力と運動神経の良さでうまくいくこともあるけど、怪我をすることだってあるわけで。
僕としては、同じ顔をしているもう一人が怪我をしてること自体が嫌なんだけど、ロッテは、
「やっぱりさ、やらなくて後悔より、やって後悔の方が気持ちいいわよね」
などと、膝や肘から血をダラダラ流しながら楽しげに笑うのだ。
後悔じゃなくて反省を求めたい。
先日は王都で、暴漢たちを捕まえたそうだ。
乗っていた馬車から見つけた、……ロッテの言葉を借りると「美しいレディ」が困っているのを見過ごせなかったのだとか。
ロッテは停めさせた馬車から飛び降りると、まずは一人目の暴漢を蹴り上げ、不意をつかれた彼が落とした剣で、ズバズバと残りの二人を倒した。……と姉専属の侍女、エマから聞いた。
「もう、それはそれは……お嬢様の剣技が華やかで見惚れちゃいました!」
姉付きの侍女たちはどうも姉に甘すぎるし、一緒にいた護衛の役割を取り上げるのもどうかと思う。
しかも助けた伯爵令嬢には、
「名乗るほどのものじゃありませんから」
と言って去ってきたとか。
(ロマンス小説か……)
そんなロッテの口癖が、
「私がアルを守るからね!」
だ。
子供の頃頻繁に寝込んでいた僕を見て、
「アルが死んじゃう」
と何度も思ったようなのだ。
(あの頃の僕は天使みたいな愛らしさだったからね。自分で言うのも、だけどさ)
もちろんロッテも同じ顔をしてたけど、太陽に愛された彼女の肌は小麦色で、瞳には精気が満ち溢れてたから……。青白く弱々しい僕が、今にも消えそうで怖かったのかもしれない。
「本物の天使が嫉妬して連れてこうとしてるのよ」
とロッテはよく憤慨していた。
そんなロッテを宥めるために、
「ロッテじゃなくてよかった(天使がぶたれちゃう……)」
と呟いたのだけど、それが自分を慮ってくれたように感じたのだろう。
「アルは優しい」という刷り込みの始まりだった……。
未だにロッテは、僕を「少しシニカルだけど優しい双子の弟」だと思ってる節がある。
そんなの、魔力もなく、ただ体の弱いだけの僕ができる、数少ない処世術のひとつに過ぎないのに。
……まあ、ロッテの夢を壊さないように、猫を被ってあげてる、というのもあるけどね。
このように本当の僕は、捻くれている上に可愛げがなくて、口も性格も悪い。良いのは頭脳と、両親から受け継いだ顔ぐらいかな。
そして今日も、シャルロッテは暴走していた。
「お母さま、私たちをテストしてください!入れ替わった私たちがお母さまに見破られなかったら、この作戦を認めてくださいませんか!?」
(なんだって?)
ギョッとして彼女を見ると、褒めろ!とばかりにドヤ顔をしたロッテが見返してきた。
国王陛下の無茶振りに対し、現在マストなのは確かに僕とロッテの入れ替わりだ。
だけど楽観主義の父と違い、愛情深く慎重な母は反対だった。その母に安心してもらい、協力体制を敷いてもらおうと理論展開してきた僕の努力が……。
……無駄になるだろうな。
なぜなら母に入れ替わりが通用したことがないからね。
この十五年間、たった一度も。
シャルロッテ、キミは本当に、
(無謀すぎるでしょ…)
◇
「はい、そこ。足を広げて座らない」
「いや、男の子ならこのくらい広げてもおかしくないわよね」
「……言い方を変えよう。普通の男はそうかもだけど、僕はそんなに広げすぎない。これでわかる?」
「……!」
《母に私たちの入れ替わりを認めてもらうテスト》が正式に決まってから、アルフレートは鬼教官になった。
マナーの家庭教師の先生より厳しい。
(まるで小さいお母さまだわ)
「本番は明日なんだよ。もっと真剣にやって」
夜になるとアルの部屋に集合し、今日はもう三日目。明日はいよいよ決戦の日、なんだけど……。
着心地のいいシャツに動きやすいパンツ。ふだんヒラヒラしてる割にはムダに重いドレスしか着られない身としては、こんな時くらい足も広げたい。
どうしても開放感を味わいたくなってしまう。
(それに今日は、なんだかお腹がモヤモヤするのよね)
夕食後のチョコレートトルテをおかわりしたのが原因かしら。でも仕方がないわ。コーティングのチョコも美味しかったし、バタークリームも絶品だったし……。
「シャルロッテ」
小さいお母さまは私の名前を呼んで、ひとつため息を吐いた。
雑念がバレたらしい。
「成功するかはロッテにかかってる。僕はほぼ大丈夫だからね」
こういう時のアルは頼もしくもあるけど、
「ロッテの動きのポイントは、レディにしてはガサツだな、ってとこ」
それは余計なひと言だわ。
(アルったら、いつからこんなに口が悪くなったのかしら)
それでも私が文句を言えないのは、椅子に座るときの仕草、ティーカップを持つときの腕の上げ下げ、話すときの息継ぎの癖まで、アルが私を完璧にトレースしてるからだ。
まるで鏡を見ているみたいに。
「人間観察が好きなんだ。相手の外見や動きだけじゃなくて、その人が今何を考えてるか、何をしたいか。内面を見るんだよ」
(アルは、ほんと社交界向きよね…)
社交界は人間関係の戦場だと言われている。
貴族達は建前という仮面を被り、相手の腹を探りながら会話をするのが常で、それは私が最も苦手なものだった。
足を引っ張られないように、家名に傷をつけないように。
レディはレディらしく、慎ましやかに淑やかに。
そんな窮屈な会話は、私が私でいられなくなってしまうようで……。
でもきっとアルなら……いつか体が丈夫になれたとしたら、すぐにでも社交界で輝けるに違いない。
ふと、後光に照らされたアルを想像してしまう。もちろんそういう輝きじゃないんだけど。
「ふふふ…」
頭の中に浮かんできたアルがおかしくて、つい笑ってしまったけど、すぐに本人の呆れた声が飛んできた。
「……あのさ、ロッテ。入れ替わりのテストを言い出したのはキミなんだよ」
「ごめん、ごめん。ちゃんとやるから」
今日はどうも集中できなくて困る。
アルの予想が当たれば、テスト内容は庭園でのお茶会だ。
お茶とお菓子を頂きながら、その様子を見たお母さまが私たちのどちらが本物のアルかを当てる。
私の「見たものに変身する魔法」は使えない。使ったところで、お母さまに効果の期待はできないだろう。
テスト内容が二人のシャルロッテじゃないのは、二人のアルフレートの方がよりわかりやすいからだ。
悔しいけど、その方が私のボロが出やすい、ってことね。
「……世界一難しいテストだね」
アルが唇をキュッと結ぶ。
そう、家庭教師が出してくる、どんないじわるな問題よりも強敵だ。
私たちのことを知り尽くしてるお母さまが相手なのだから。
「でも絶対に勝たなきゃ」
明日はお父さまの名誉、私たちのこれから、色々なことが変わるターニングポイントだ。
私の声がよほど深刻だったのだろう。
少し驚いたように瞳を丸くしたアルが、
「シャルロッテなら頑張れるよ」
慰めだか応援だかわからない言葉をくれる。
(……でもこう言う時はさ、)
「ふたりならきっと大丈夫」
(そうでしょ、アル?)
聞こえるはずのない私の問いかけに答えるように、アルはふわりと微笑んだ。
――……そして、明日が誰にも平等に訪れるように、私たちにも運命の日がやってきた。

