双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!

 別宅のアルフレートの部屋は、領地にある屋敷のそれよりもシンプルな造りになっている。
 
 オフホワイトを基調とした壁に、深いブラウンの家具。
 手彫りの細工が施された窓枠には、ベッドの天蓋と揃いの布で作られた、たっぷりとしたヒダが美しい空色のドレープカーテンがかけられていた。

 アルフレート本人に似て、クールなのに甘さのある落ち着いた部屋だ。

 アルフレートは窓際にいた。見える風景は闇しかないはずなのに何を見ているのだろう?

「アル?」

 私の呼びかけにこちらを向いたアルは、どこか疲れた表情をしていた。

「座って」

 ソファを勧めてもらうままに、私は羽を広げた形のハイバックな背もたれに体を預けた。
 厚みのあるクッションが、私の緊張ごと体を支えてくれて心地いい。

 そう、私は緊張していた。
 だってアルに、

『これからのことを話したい』

なんて言われたことはなかったんだもの。

 アルは、お茶の用意をしてくれていたエマに、外で待っているように指示を出すと、自らカップにお茶を注いでくれた。

「カモミールティーにしたよ。紅茶だと眠れなくなっちゃうから」
「あら、そんなにお子様じゃないわよ」
「大人でも夜飲むと寝つきが悪くなるらしいよ」
「そうなの? だからお父様たちはブランデーを垂らしてるのかしら」

 なら、最初から紅茶を選ばなければいいのにね、と呟くと、アルは可笑しそうに私を見た。

 淹れてもらったカモミールティーは、若いりんごのような香りもする。
 嬉しくなって、

「「りんごの匂い」」

と口に出した言葉が、アルの声と被った。
 
 こちらを見ていた優しい視線と目が合い、思わず口元が綻ぶ。
 
 ふたりで同じことを口にするのは珍しくもなかったが、アルが遠くなってしまったような思いをした今では、それがとても尊く、愛しく感じたのだ。

 なのに。

「僕たちの入れ替わりは、もう無理かもしれない」

 アルフレートのその言葉に、温かかった指先が一気に冷たくなっていく。

 すぐに返事ができなかったのは、びっくりしすぎたからだ。
 
 いつもであれば、アルは結論を出すまでに色々可能性を考える。
 そしてその中から一番いい案を提示してくれる。

 だから、答えを一つしか提示されなかったことにも、悲観的な言葉にも心底驚いた。

「……どうして?」

 やっと出せた私の声は、お茶を飲んだと思えないくらい掠れていた。

「いくつか理由はあるんだけど」

 アルはソファから立ち上がって、私に向かって歩いてきた。
 思わずつられて立った私は、あれ?、と思う。
 アルの視線の位置が、いつもより高いのだ。

「アルフレート、あなた身長が伸びた……?」
 
「ここ最近……正確には十日で1ツォル(約2.5センチ)ほどね。遅れてきた成長期がやってきた気がする」
 
「それって魔法の兆しかしら!?」

 反射的に聞いてしまった私に、アルフレートは静かに首を振った。

「いつも通り気配すらないよ。ただ……今月来るはずの発作が遅れてるのが、気にはなってる」

 淡々と事実のみを告げるアルフレートからは、なんの感情も読めなかった。

「心当たりはないの?」

「え?」

「急に成長が始まった、きっかけみたいなものよ」

「それは……」

 アルフレートは黙ってしまった。

「あるのね?」
 
「……でも、確証は持てない」

 それは当然のことだろう。
 アルフレートの体は複雑だ。貴族なら生まれ持っている筈の魔法を持っていないから。
 前例が殆どないため、アルフレートに起こることに『確実なこと』はない。

 魔法は魔力を具現化したものだ。
 だけど魔力を魔法へと具現化できないアルフレートの場合は、行き場のない魔力が体内で暴走してしまう。
 その暴走がひと月に一度の発作となって、幼い頃からアルを苦しめていた。

 成長が緩やかで未だに声変わりをしないのも、身長が高くならないのも、魔力が放出できないせいだ、と言われていたのだが。

「もしこのまま成長し続けて、大人の骨格になったり、声が低くなっていったとしたら、」

 アルの言葉に私は戦慄する。
 
シャルロッテ(わたし)になることはできなくなる……」
 
「もしくは、」

 今まで見たことのない深刻さで、アルフレートは私を見据えた。

「シャルロッテ、キミが騎士を辞めて本来の位置(フロリアンさまの話し相手)に戻るか、もしくはキミだけ騎士として王太子宮に残るか」

「アルは……?」

「入れ替わりをやめる場合は、護衛騎士を返上することになる。元々体が弱いのは周知のことだし、無理して体が持たなかったんだな、と思われるだけだろうし」

「そんな……」

「フロリアンさまの話し相手を辞する場合は……」

 アルフレートは、瞳に影を落とした。
 口を開くのを逡巡しているようにも見えて、私はその様子に違和感を覚える。

 そのうち、私の視線を感じたのだろう。

「どちらにしても、ロッテをひとり王宮に残すのは心配だけど」

 答えは言わないまま、茶化すようにアルフレート笑った。
 
 アルが私を心配してくれてるのは、嘘じゃないのはわかってる。
 でもそれだけじゃない、わよね。
 だって、

「なんでそんなに悲しそうなの?」

 アルフレートの体が一瞬、小さく震えたのがわかった。

「悲しい……?」

 呆然としたアルの口から、言葉が溢れ落ちる。
 
 アルフレートの気持ちは、私にも痛いほどわかっていた。
 ただし、それは双子だからじゃない。

 私も悲しいからだ。
 
 軽薄に見えて実はおせっかい焼きの隊長、テオドール。
 お調子者だけど寂しがり屋のノアに、優しくて不器用なイーサン。

 たったひと月だけど、いつの間にか私の日常になっていた彼ら。

 そしてなにより、心残りになるであろうこと――。

 アルフレートとの入れ替わりをやめる場合、私はヴィルさま(王太子殿下)の傍にいられなくなる。

 今までのように、殿下の背中をお護りできなくなってしまう。
 
 ヴィルさまとフロリアン王女が仲が良いといっても、毎日お互いの宮を行き来するわけではないのだ。

 私に向けられる優しい意地悪にも、私を導く冷たい手にも、会えなくなってしまうということ――。

 それを思うと、寂しさで胸が張り裂けそうになる。

 だからアルも同じなのかも、と思った。
 
 昼間の仲が良さそうな三人を、私は思い出していた。
 私の知らないアルフレートが、私のいない場所で編み上げてきた絆。
 あの場所から離れるのが、アルも辛いのではないかと、思ったのだ。

 それに、どちらの選択肢を選んでも王宮に残れる私と違って、アルフレートは王女宮を去らなければならない。

「……」

 アルフレートは寂しいとも、そうでないとも言わなかった。
 きっと今は、答える気がないのだろう。
 
 残されたのは、私たちにとって初めての、深い深い沈黙だけだった……――。

  ♢

 結局答えは出せないまま、私は自分の部屋に戻ることになった。
 ただ、なるべく早いうちにラインフェルデンの屋敷に戻って、家族で相談しよう、という約束はした。
 
 明日からのことを思うと、心がずっしりと重くなる。

 こんなもやもやした気持ちを、アルはひとりで抱えていたのだろうか。
 私の前ではなんともないふりをして。
 ひとり、窓の外の闇を見つめるほどに。

 誰よりも近くにいた筈の、アルフレート。
 幼い頃、アルを守ると誓ったことを、今だって覚えている。

 なのに私は――!

 私は、アルの身長が伸びたと聞いたあの時、彼の成長を手放しで喜ぶことができなかったのだ。

(皆と、ヴィルさまと離れたくない! そう思ってしまった)
 
 本来であれば、発作が来ないことを喜び、成長を祝い、アルフレートの魔力の可能性に、未来を視ていた筈なのに。

(サイテーだわ)

 ぎゅうっ、と両手を強く握りしめる。
 そうでもしないと自己嫌悪で立っていられそうもなかった。

(せっかくアルが、カモミールティーを淹れてくれたけど……)

「今日は寝られそうにないわね……」

 恐らくアルフレートも同じだろうか。

 自分の半身に思いを馳せ、後悔の海に沈んでいた私は、思い出してもみなかったのだ。
 
 私に、入れ替わり中止の理由を尋ねられたアルフレートが、

『いくつか理由はある』

と言っていたことを。

 その()()()()を聞きそびれてしまったことにさえ、まったく気付けずにいたのだった。