双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!

 王太子付き護衛騎士隊の朝は、稽古から始まる。
 
 稽古を指導するのは、勇猛果敢なモンベリアル騎士団(黒のマウンテンゴート)を擁する辺境伯の三男、テオドールだ。
 ごく稀に、上位貴族有する騎士団から指導者を呼ぶこともあったが、殆どは最年長者で隊長でもあるテオドールがその役目を担っていた。

 テオドールは現国王の従弟でもあり、つまりはヴィルヘルムの伯叔父(いとこおじ)でもある。
 年が近いため幼い頃からヴィルヘルムの遊び相手としても登城することも多く、ヴィルヘルムも兄のように慕っているた。
 
 ……はずだったのだが。

 ヴィルヘルムは困惑していた。
 いや、苛立っていた、というのが正しいのかもしれない。

 目の前では、テオドールとアルフレートが体術の稽古をしている。それは演習場でよく見る、いつも通りの風景だ。
 
 組み合って有利に戦いたいテオドールと、素早さで力を凌駕したいアルフレートがお互いの間合いを測っている。
 今のところ優勢なのはテオドールで、アルフレートは攻撃を躱すのが精一杯、といったところか。

(ああ、そんなに追い詰めたら、アルフレートが逃げられないじゃないか)

(こんなに華奢なアルフレート相手に本気を出すなんて、テオはどうかしているのでは?)

 冷静に考えればどうかしているのは自分だとわかるはずだが、ヴィルヘルムはアルフレートから目が離せずにいた。

 あまりにも熱い視線で見つめていたせいだろう。テオドールがヴィルヘルムの様子に気づいたようだった。

「ヴィル様、どうしました?」
 
 隙をついて反撃に転じようとしていた、自分よりだいぶ背の低いアルフレートの額を右手の平で制しながら、テオドールはヴィルヘルムに声をかけた。

「……ひどいことを」
「はい?」

 幸い、テオドールには聞き取れなかったらしい。

「いや、なんでも」
 
 ヴィルヘルムは、自分でもなんとなく気付いていた。
 アルフレートと出かけて以来、どうも調子が出ないことに。
 
 アルフレートが目に入ると、心がざわついて仕方がないのだ。
 好奇心にきらめく翠玉色の瞳、走るたびに揺れる赤褐色の髪、年齢の割に高い少年のような声、全てが気になって仕方がない。
 
「ヴィルさま?」

 ざわめきの元凶……、テオドールの右手から逃れたアルフレートもヴィルヘルムを覗き込んでくる。

 アルフレートの頬は上気していて、額にはじわりと汗が滲んでいた。細い首筋を伝う汗が、ヴィルヘルムにはキラキラと輝いて見えて、思わず目を奪われてしまう。

 黙ったままのヴィルヘルムを不思議そうに見ていたアルフレートだったが、視線の行き先に気づくと、
「申し訳ありません、お見苦しくて」
と慌てて袖口で汗を拭ってみせた。
 
 そのような他愛無いアルフレートの動作にも、ヴィルヘルムは妙な胸騒ぎを覚えてしまうのだ。

(男しかいない場所で、こんな無防備な姿を見せるなんて、もう少し危機感を……)

 そこで、はた、と気づく。

 アルフレートも男ではないか、と。
 
 ずっとこの調子なのだから、頭を抱えたくもなる。

「ヴィルさま?」

 アルフレートが心配そうに見つめてくる。
 
「大丈夫。問題ないよ」

 実際は問題だらけだが、せめて強がらせてほしい。
 普段と変わらぬ笑顔を作ってみせた。

 それを見たテオドールは、安心したように笑うと、

「……では、俺とアルフレートは続きを。ほら、行くぞ」

と、()()()()気安さで、()()()()()()()アルフレートの首に腕をかけて自分の元に引き寄せようとした、その時。

 ヴィルヘルムの体が、彼自身でさえ意識しない行動に出た。
 アルフレートの左腕を掴み、自分の元に引き寄せたのだ。

「「「え?」」」

 アルフレート、テオドール、そしてなぜか事を起こした本人ヴィルヘルムからも疑問の声が漏れる。

 アルフレートはヴィルヘルムの腕の中に、すっぽりと収まっていた。

(少し引っ張っただけなのに、軽すぎやしないか?)

 ふわりと漂ってくる甘い花のような香りは、アルフレートの香水だろうか。それとも髪に使っている香油?
 
 確かめてみたくて、ヴィルヘルムはアルフレートの髪をひと房すくうと、自らの顔を近づける。

「!ヴィッ、ヴィルヘルムさま!?」

 必死な声に呼ばれ腕の中を見ると、熟れた苺のように顔を真っ赤にしたアルフレートがいた。

「……!」

 ヴィルヘルムはそこで初めて、自分の奇行に気がついたのである。

 ♢

「ヴィル様、少々お話が、」

 そう言われて二つ程年長の伯叔父(テオドール)に連れてこられたのは、王太子宮から演習場に続く小道だった。
 
 緩やかなカーブで続くレンガ敷の道に沿うように、ジューンベリーの木が植えられている。
 そよそよと春の風に揺れる木陰の下で、ヴィルヘルムは話を聞くことにした、のだが。

 頬を撫ぜる、爽やかな風とは対照的なこの空気はなんだ。
 いつもは軽薄な……、もとい、軽やかで明るいテオドールがやけに神妙な顔をしているのが気に掛かる。

「えっとですね、ヴィル様……」

 しかもようやく口を開いたと思ったら、そのあとが続かない。
 
(できれば早く戻りたい)
 
 アルフレートの次の対戦相手は、ヴィルヘルムだった。

 イーサンもノアも、自分たちとはタイプの違う戦い方をするアルフレートとの取り組みを望んでいる。そのことをヴィルヘルムは嫌というほど知っていた。
 戻ってみたら自分の番が後回しにされていた、ということはできれば避けたい。

 だというのに。

 いつもならはっきりものを言うテオドールが、口元に手を当てたまま、まだ何事か躊躇しているではないか。

「テオ、言いたいことがあるのだろう?」

 早く戻りたいんだ、と言う言葉は辛うじて飲み込んだ。
 それはいくらなんでもひとでなしだ。
 そのくらいの理性はヴィルヘルムにも残っていた。

 テオドールは一瞬唇をぐっと締め、意を決したように深く息を吐く。

「それじゃ言いますけどね……」
「……」
「ヴィル様は、」
「なんだ」

 周囲に人がいないか再確認してから、テオドールはヴィルヘルムに囁くように尋ねた。

「男色の気なんてありましたか?」