双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!

 それからはもう、すべてが怒涛のように過ぎて去っていった。
 兵士たちが駆けつけてきたのは、フリッツが連れてきた大人たちが到着したすぐあと。
 路上にのびていた三人のならず者たちは兵士たちに叩き起こされ、悪態を吐きながら連行されて行った。
 
 現場は調査が終わるまで現状保持されることになり、私と殿下、フリッツ少年とローミを残してその場は解散。
 私たちは近くの詰所に保護されたが、やがて引き取り人がやってきた。

「でん……ヴィルさん!」
「デボラ……」

 警備兵に連れられてきた、デボラと呼ばれた女性は、小柄で優しそうなご婦人。
 
(あ、彼女が王太子殿下の乳母だ……)
 
 年は私の母より少し上だろうか……。丸みを帯びた優しい輪郭と、栗色の髪がマリアさんを彷彿とさせた。

「この子らの活躍で人攫いを確保できたんだがね、頑として自分の身元を言わなくて。この辺りじゃ顔利きのあんたなら知ってるかと思って来てもらったんだ」
 兵士の一人が肩をすくめながらデボラさんに訊ねる。

 まあ、王太子殿下が言えるわけがないのだ。
 親が国王陛下だなんて。
 お忍びで城下町に来ていただなんて。

「そうねぇ、……そうですね……」
 デボラさんも、なんと説明するか苦慮しているようだった。
 それを見ていた王太子殿下は、意を決したかのように立ち上がる。

「私は……」
「私は、ラインフェルデン公爵家の長男、アルフレートと申します。とある筋からご用命を賜って街に立ち寄ったところ、事件に遭遇しました。こちらは私の従者です」

 再び殿下を従者に仕立ててしまった。
 でも私が名乗り出た方がダメージは少なそうだし、お母さまの雷には慣れてるし。

 隣の殿下から驚いたような視線を感じるけど、何より警備兵たちの視線が痛い。

「へ?ご、令息……⁉︎」
「ご令嬢では、なく……?ドレス……えっ?」

 ですよね。
 うん、わかるわよ。

「秘密裏の行動だったのでやむ無く……」

 私は短剣の柄部分に刻印してある家紋を見せた。

「そんなわけであまり大ごとにされると困るのです。後ほど家の者が参りますので、仔細はその者に……」

 あとは一連の流れを見ていた、うちのジェイがうまくやってくれるだろう。

 ♢

 取り調べから解放されて向かった先は、街の外れの小さなレストランだった。
 以前……そう、王宮に向かう馬車の中で初めて王太子殿下のお忍び癖を聞いた時、アルフレートが話してくれた、あのレストランだ。
 やっとここに辿り着いたんだ、と思うと感慨深いものがある。

 辺りは黄昏の色……一面オレンジに染まる中、レストランの煙突からはもくもくと白い煙が出ている。

「ただいま、遅くなってごめんなさいね」

 デボラさんが扉を開けると、美味しいお肉を煮込んでいるような、とてつもなく食欲をそそる匂いと共に、

「「「おかえりなさいー!」」」

賑やかな子供達の声に出迎えられた。

「お前ら!いい子にしてたか?」

 一緒に帰宅したフリッツ少年が、迎えに来た子供達の輪の中に飛び込む。
 どうやら彼は、子供たちのリーダー役を担っているらしい。

 室内の暖かさに、肩の力が抜けるのと同時に疲労感がどっとやってきた。
 自分が思っていたより、緊張してたみたい。
 私はやっと辺りを見渡す余裕ができた。

 足元は石畳が敷き詰められている造りだ。壁やテーブル、備え付けの家具などは、温かみのあるウォールナットでまとめられていた。
 
 そしてさっきからひたすらいい匂いを漂わせている、カウンターの向こうには……。

「よう、おかえり」

 コック帽を被ったモコモコの髭の男性が、そこからニュッと顔を出す。
 息を呑む私を見て、

「ヴィル様、ガールフレンドですか?」

コックの男性が殿下に向かって破顔した。

「違うよ、おじちゃん。ロッテさんはお兄ちゃんなんだ」
 フリッツが訂正すれば、
「そうよ!むちゃくちゃ()()()おにいちゃんなんだから!」
ローミも加勢する。
 
「ん?へ⁉︎お兄ちゃん?」

 当然と言えばそうなんだけど……、面食らったのはコックの男性だけではなかったらしい。
 フリッツの言葉がその場をカオスに落とし込んだ。

「「「「おにいちゃん……⁉︎」」」」

 隣を見れば、王太子殿下が笑いを噛み殺して……るどころか、お腹を抱えて笑っているではないか。
 もー、誰のせいでこうなってると思ってるの。

 むくれていたら、ずるい顔をした殿下が、
 
「ほら、リス発見」
 
と私の頬をつっついてきた。
 じろり、と()めつけてやったというのに、王太子殿下はどこ吹く風といった感じに微笑んでいる。
 
 本当にこの殿下ときたら……。
 
 ♢

 果たして子供たちは、お腹だけではなく、遊び相手にも飢えていたらしい。
 美味しい食事のあと、彼らにもみくちゃにされながら知り得たことがいくつかある。

 ひとつは、デボラさんは数年前に子爵だったご主人を亡くされていたということ。
 家は後継の息子に任せ、今はコックであるデボラさんの弟とともに、フリッツやローミたちのような身寄りのない子供達を育てているらしい。
 
 そしてもうひとつは、月に何度か貧しい家庭の子供たちを招き入れ、思い切り食べられる無料の食堂を開いているということ。

 そこから導かれる王太子殿下の秘密とは……。
 子供達の食堂を存続させるためにデボラさんたちに援助していた、といったところだろうか。

(街のお店で殿下が口にしていた、『いつものところに届けて』は、そういうことだったんだ)

 魔道具を使っての王太子宮からの脱走。
 パン屋や、青果の露天、雑貨屋で言っていた殿下の言葉。
 それぞれのピースがかちりとはまった。

「ですが、今日で終わりにしてもらいましょう」
 
 食後にお皿の片付けをしながら、デボラさんは王太子殿下にそう突きつけた。
 それを聞いた殿下は持っていたお皿を落としそうになり、慌てて持ち直す。

「それは……困るな。大体今日の事件は偶発的に起こったことじゃないか」
「それでも!」

 デボラさんは王太子殿下の目を見て、唇をきゅっと引き締めた。

「……貴方は、この国の次期国王になられる方なのです。危険な目に遭う機会を作り出すこと自体……それ自体が本来あってはならないこと」
「デボラ、僕は……」
「私が殿下に甘えすぎましたね」
「そんなこと……っ」
「今まで充分過ぎるご支援を賜り、ありがとうございました。ヴィルヘルム王太子殿下」

 深々と頭を下げたデボラさんは、王太子殿下の手に残ったままのお皿をそっと引き抜く。そしてそのまま食器棚へと戻した。

「おばちゃぁん!ぼくたち帰るよ」
「ごちそうさまでしたあ!」

 満腹になって眠くなったのだろう。フリッツ少年と同じ年頃の男の子たちが扉の前で目を擦っている。

「送ってくから待ってな」
「……!」

 なにか言いたげなデボラさんに気付かぬふりをして、王太子殿下は、
「さあ、行こうか」
と子供達の背中を促し、扉の外へと出ていった。

「私も行きます!」

 慌てて殿下の背中を追おうとする私に、デボラさんは、
「殿下をお願いいたします」
とランタンを手渡した。
 不安げな、心配でたまらない表情だ。

(お母さまも私を送り出す時、こんな表情(かお)をしてたのかしら)
 
 デボラさんを見ていたら、無性に母に会いたくなった。
 
(帰ったら今日の出来事を聞いてもらって、褒めてもら……えるかしら。うーん……。でも、カミナリだって甘んじて受ける入れるわ!)
 
 今だけ威勢のいい覚悟を決める。
 だけど、まずは私の役目を果たそう。

「大丈夫です。何が起きても、殿下は私が必ず守りますから」
 
(デボラさんの不安が、少しでも消えますように)
 
 デボラさんは驚いたように目を丸くする。
 次に私の瞳をしっかり見つめると、今度は優しく笑ってくれた。
 
「アルフレート様もお気をつけて」

 私は頷くと、殿下を追って外に出た。