双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!

「ま、魔法!」
「き、貴族なのか?」

 例外もあるが、魔法は貴族しか使えない。
 魔道具を使っているとは思わなかったのだろう。
 動揺している男たちを確認しながら、フリッツにローミを預ける。
「できれば兵士を呼んできて。いなかったら、誰か大人を」
「わかった!」

 フリッツはローミの手を引くと、すぐに路地に向かって走り出した。

「バカな奴らだ。こんな真似しなきゃ、痛い目を見ることもなかったのによお」
 ボスが唇の端をつりあげる。

「ワイデマン商会ってのは嘘かい」
「ええ、違うわ」
「だが貴族だ」
「……」

「返事がないのは、認めてるようなもんだな。よぅし、計画変更だ!お貴族様を捉えて、身代金をふんだくるぞ!」

 欲望を隠そうともしないボスの号令と共に、手下二人が同時に襲いかかって来た!

「ヴィルさん、下がってください!」

 二人一度に相手をするのは面倒だ。まずは一人になってもらおう。
 私は身を屈めて砂を握ると、眼帯男の顔面に向かってそれを投げつけた。
「いだだっ!」

 砂をまともに食らった眼帯男は唯一の視界を失い、顔面を両手で覆って呻いている。
 もうひとりは何が起こったのかわからないのか、
「な、なんだ⁈」
と立ち止まってオロオロしているようだ。
 
 苦しんでいるところに申し訳ないんだけど……。
 近くにあった手頃な木材を手にして、私は眼帯男の向こう脛を力一杯引っ叩(ひっぱた)いた。

「ぐああっ!」
 悲鳴と共に、男はつんのめるようにして倒れ込む。
 
「お、おい……」
 やられた仲間を見てもう一人は一瞬たじろいだ……が、すぐに血走った目をして私へ突進してきた。

「このガキ……!」

 私の背中にはレンガの壁がある。
 ギリギリまで引きつけて男のタックルをさっと躱し、すぐさま後ろに回り込むと、ドン!と背中を強く突き飛ばした!
 
 結果、男はレンガの壁と熱烈なキスをすることになり……。

「……!」

 顔面を強打した男は、声もなく倒れた。

「……」

 それを見ていた殿下は、木材の近くに落ちていたロープで素早く男たちを縛り始める。

「おい、ガキ。おめえ、何もんだ?」

 すっかり足の痛みが引いてしまったのか、今度はボスが近寄ってきた。
 手には先ほどと違う剣を持っている。
 いったいどこから出したのか……、小さいサーベルのようにも見えた。

 今までの戦い方を見ているこの男には、不意打ちは通用しないだろう。
 それに体も私よりずいぶん大きい。まともに当たっても勝てるはずはない。

(これが騎士団長の言ってた『いざ』と言う時なのかしら。筋肉をもっともっとつけとくべきだったわ。そうしたら正面から戦えるのに)
 私は自分の力の弱さを呪った。

 ボスは作り笑顔で間合いを詰めてくる。
「お前、滅法強いじゃねえか。貴族……ったって、その程度の服じゃ貧乏貴族だろう?俺と組もうぜ」
「お断りします」
 死んでも頷くものか。
 
「それは……」

 ニヤニヤしていたボスの顔が豹変する。
「残念だ!」

 ボスは距離を一気に詰め、ギラギラした殺気と共に剣を振り下ろしてきた。とっさに木材で受け止め……切れない!私は素早く地面を蹴って剣を躱す。

「!」

 持っていた木材は真っ二つに割れてしまっていた。
(やっぱりそうなるわよね)
 すっかり短くなってしまったそれを、ぽいっと投げ捨てる。

「ヴィルさんも逃げてください」
 被っていたキャスケットを後ろ手で王太子殿下へと押し付けた。
 これさえあれば、どこにでも逃げられる筈。

「キミひとり残せるわけがない!」
 殿下は驚いたように声を上げた。

 王太子殿下は弱くない。
 でもそれはあくまで剣を持っていればの話。
 今は、

「ヴィルさんには剣がないじゃないですか」
 
 そう、ここには王太子殿下の剣はない。

「それを言うならキミだって……!」
「いえ、私には……、」

「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」

 再びボスが襲いかかってくる。
 私は素早くスカートを翻し、ドロワーズにベルトで留めてあった鞘から短剣を引き抜いた。

 ボスは目を丸くしている。
 お気持ちお察しするわ。
 可愛らしいフリフリのレースの下から、短剣が出てくるなんて普通思わないわよね。
 着替えを手伝ってくれたマリアさんにも止められたもの。

 でも私は……、

「お前、いったいなんなんだよっ!」
「護衛騎士、だからっ……!」

 短剣を逆手に持って男の懐へと飛び込む。姿勢を低くしたまま利き腕を狙ってひと振り。
 掠ったのか、皮膚を裂く感触がした。
(嫌な、感覚だわ)

 剣を持っての対戦は、何度も経験がある。
 だけどそれは全て演習だ。打撲や打ち身を与えても、皮膚や肉を斬りつけたことはない。
 
 先日伯爵令嬢を助けた一件では剣の鞘や柄部分で殴っただけだし、魔弾銃事件のライマーとの一件でも剣は抜かずに済んだ。
 でも今は……。

「危ないっ」

 殿下の声と共に聞こえたのは、ブンッ!と風を切る音。
 男の持った刃物が目の前を横切る。瞬間、後方にとびずさったが、かけていたメガネに掠った。
 メガネはカシャンと音を立てて足元に落ちた。きっと割れてしまっただろう。

「チッ、外したか。すばしっこい」

 これは正真正銘、真剣での戦いだ。
 捉える、なんて口では言ってるけど、あの勢いの剣に斬られたら腕の一本も持っていかれそうだ。
 一歩間違えば命を落とすかもしれない。
 
 幸い背中側には、少し走れば広い道に出られる曲がり角がある。
 ここは王太子殿下と一緒に逃げるのが正解なのだと思う。
 けどこのまま逃げたら、間違いなく悪漢達は行方をくらませて、また同じことをするに違いない。
 子供達を狙い、他国に売り飛ばす商売を。

 ……私、欲張りなのかしら。
 殿下も守りたい、悪漢も捕まえたい、だなんて。

 視線だけを動かして周囲を見る。
 向かって右にはロープで止めてある木材が立てかけてあり、左には空の樽が積んである。……ならば!

「はっ!」

 男に向けて逆手に持った短剣を繰り出す。男はのけ反ってそれを避けた。
「何度も同じ手に掛かるかよっ」
 勝ち誇った声だ。

 だけど目的はそれじゃない。
 私は左にあった樽を男に向かって蹴り出した。
「!」
 男は軽々とそれも受け止める。
「馬鹿がっ!無駄なことを……!」
 
 最後まで言えなかったのは、私が右側に立てかけてあった木材のロープを切ったからだ。そして間髪入れず、自由になった木材を男に向かって払いのけた……!

 男は咄嗟に左手を伸ばして私の三つ編みを掴む。しかしそれはズルリと外れただけだった。
 自分が掴んだ髪の下から異なる色の髪が現れて、悪漢は驚いたように目を見開く。

「なっ⁉︎」
「これで最後……っ!」
 信じられない、そんな顔をした男に私は跳び上がって蹴りを入れた!
「ぐあっ……!」
 
 男は後方に倒れていく。
 私の方は跳ね飛ばされ、空中でバランスを崩す。
 ぐらり、と体が傾いで肩から地面に落下する……と思いきや、温かい腕の中に、ぽすん、と着地した。
 
 殿下の両腕の中に。
 
 ガラガラと音を立てて崩れていく木材が、男を飲み込み押し潰していくのが見える。木材の一本一本は細いものだが、とにかく量が膨大だ。
 全ての木材を押し除けて出てくるには、だいぶ時間がかかるに違いない。
 案の定、砂埃が一段落しても男が出てくる気配はなかった。
 
「や、やった……!殿下、やりましたよ!」
 体勢を立て直して、振り返る。
 殿下もきっと喜んでくれる、そう思ってたのに。
 
「キミは本当に……」

 そう言うと、殿下は私をふわりと抱きしめた。

(私、砂だらけなのに!)

 殿下まで砂まみれにしてしまう!
 慌てて離れようとしたが、殿下は、
「無事でよかった」
と、逆にぎゅうっと腕に力を込め、離してはくれなかった。

「めちゃくちゃほっとした……」

 殿下の……安堵が滲んだいつもと違う声。
 少しだけ甘さを感じるサボンの香り。
 心地の良い心音。
 何度も髪を撫でる、優しく冷たい手。

 すべてが気持ち良くてうっとりしてしまう。

「血が出てるね」

 王太子殿下は、私の耳に近い頬を親指で触れた。
「痛くない?」
「ぜんぜん!」

 言われて少しピリっとしたけど、今まで全く気が付かなかったから。
 さっきメガネを弾かれた時に、剣の切先が掠ったのかもしれない。
 
「こんなかすり傷、なめておけば治ります!」
 殿下を安心させるために言ったのに、
「じゃあ僕がなめようか?」
なんて、不穏な言葉を囁かないでほしい。
 しかも、耳元で!
 心臓が爆発するかと思ったわ。

 びっくりして仰ぎ見ると、殿下はいつもの私を揶揄(からか)って楽しむ顔をしていた。
 ホリゾンブルーの瞳にいたずらっ子の色が滲んでる。

 でもすぐに、
「そんなわけにはいかないからね」
と、私の傷に自分の手をかざした。

「少しあたたかく感じるかも」

 その言葉通り、殿下の手のひらが触れている箇所が、優しい温もりに包まれる。
 やがて私の頬にあった、引き攣ったような痛みは消えて無くなっていた。

 もしかして……、
 ヴィルヘルム王太子殿下の持つ魔法は……。

「僕の魔法は治癒魔法なんだ」
「!」

 待って。
 なんでそれを私に教えるの?

 自分の魔法を外部に告げてもいいのはデビュタントを迎えてから。
 まだ殿下もデビュタントを迎えていないのに。

「ど……うして……」

 理由を聞こうとした時、バタバタと複数の足音と共にフリッツが駆け込んでくる。

「お兄ちゃん!おとなを連れて来たよ!」

 彼の言葉通り、フリッツの後ろには何人もの大人。
中には見知った顔……ラインフェルデン(うち)の隠密騎士達も数人混じっていた。

「暫く移動できそうもないな」

 王太子殿下は、諦めとも苦笑いとも取れるため息をひとつ落とした。