「……アルフレートは、このまま見逃してはくれないよね」
ヴィルヘルム王太子殿下は「無理だ」とわかっていて聞いているようだった。
それはそうだろう。
事前に魔道具の指輪を調べて、殿下を泳がせ、わざわざ出口で張っていた私が見逃す理由がない。
答え合わせの必要もないくらいだ。
「王太子殿下こそ、このままお戻りにはなりませんよね」
イタズラが見つかった少年みたいな顔をしている殿下に、私もダメ元で尋ねてみる。
そして、
「うん、そうだね。行きたい場所があるから」
王太子殿下からの返事も予想通りのものだった。
ならば、
「せめて、私も一緒に連れて行ってくださいませんか?」
真剣な眼差しで尋ねたつもりだったのに、私の顔を見た王太子殿下は、ぷっ、と吹き出した。
「?」
「ごめん。……だって君の顔に、連れてかなきゃ今すぐ報告に行くって書いてあるからさ」
「えっ、うそ!」
私は慌てて自分の顔に触ってみたが、手のひらではわかるはずもなく。
それを見て王太子殿下は、
「ふっ……ごめん。比喩だから」
と、さらに笑いが止まらなくなったようだった。
(もー……ヒトがまじめにやってるのに)
つい感情が隠しきれなかった私の膨れっ面に、王太子殿下は優しい顔になる。
「わかったよ、アルフレート。一緒に行こう」
「いいんですか?」
「選択肢がなさそうだからね。さ、決まったならすぐに出よう。追手が来る前に」
王太子殿下はふいに私の左手を取った。
冷たく、優しい手が私を引っ張る。
「こっちだよ、共犯者くん」
駆け出す王太子殿下に連れられ、私も王宮を背中に走り出した。
♢
王宮から城下町に出るには馬車を使うのが一般的だ。
正門から出て銀杏並木をしばらく走り、城と街を繋ぐ橋を渡れば、そこは王都ゼステリロ=ルカスが誇る城下町だった。
だが、当然のように橋の両端には兵士達が立っている。
私はずっと不思議に思っていた。
王太子殿下はいったいどのようにして橋を渡るのか、どのようにして城下へと移動していたのか。
以前から王太子殿下を見護っていたジェイは、見ればわかる、って言ってたけど。
私は殿下に疑問をぶつけてみる。
「城下への移動?」
「はい、どうやって移動するのですか?橋のたもとに見張りの兵士達がいるのに?」
ああ、と王太子殿下は軽く頷くと、被っていたキャスケットを外してみせた。
「それはこの帽子の出番なんだ」
「?」
今度は私の顔にクエスチョンマークでもついていたのだろう。
王太子殿下は笑いを噛み殺(……せてないが努力は認めよう)すと、
「これも魔道具なんだ。ごくごく近場にワープできる」
「えっ!なんで王太子宮で使わないんですか?」
だって王太子宮で使えば、見えなくなる指輪を使ったり、抜け穴を潜り抜けたりしなくても、すぐに行きたい場所に移動できるじゃない。
「ごくごく近場って言ったろう。残念だけど王太子宮からだと遠すぎてね」
王太子殿下は、さほど残念そうでもない様子で肩をすくめた。
(見えなくなるけど気配は消せない指輪、短距離だけしかワープできない帽子……。なんだか中途半端というか……昔の魔道具みたい)
魔道具は日進月歩、日々進化している。金額はアレだが、最近では姿を消して気配も消せるようなマントや指輪も販売されているし、好きな場所にワープできる宝石なども高位貴族の間では人気らしい。
王太子殿下なら、手に入れることはさほど難しいことではないだろう。
私の疑問を察知して、王太子殿下はこう続けた。
「それに王宮全体には強力な魔力を弱める魔法がかけられてるから、どちらにしても強い魔道具ほど使えない」
……そうだった。王太子宮も含め、宮殿には外部からの侵入を防ぐために、一定以上の魔力を弱体化させる魔法がかけられている、と以前アルフレートから聞いたことがある。
移動魔道具も普及しつつある今、その対策は必要不可欠なことだった。
私が知らないだけで、もしかしたら魔弾銃も元々弱体化の対象だったのかもしれない。
「さあ、行こう。……と言いたいところだけどアルフレート、」
「はい」
いつもふわふわ笑っている印象の王太子が、真面目な顔をしている。
「このキャスケットは一人用なんだ。でも一度、猫を抱えたまま移動したことがあってね」
「はい?」
「お互い望まないとは思うけど、ちょっと失礼」
王太子殿下が私の瞳を一瞬見つめた後、突然覆い被さってくる。
あまりにも急だったので私は思わず、
「きゃっ」
と、王太子殿下を突き飛ばしてしまった……!
「きゃっ?」
(しまった!)
反射的に出てしまった反応で、危うく王太子殿下に尻餅をつかせてしまうところだった。幸いよろけただけで済んだみたいだけど……。
「申し訳ありませんっ!」
(殿下を突き飛ばすなんて、完全に不敬罪だわ!)
焦ってすぐに謝罪したが、王太子殿下は違うところが気になっているようだった。
「今、きゃっ、て言った?」
「いえ……ひ、ひゃっ!です。ひゃっ!」
「そう?」
(そっちか!)
私はブンブン!と、頭がもげそうなほど頷いた。
こんなことで、アルフレートと入れ替わっていることがバレるわけにはいかない。
王太子殿下は、若干釈然としない表情を見せていたが、気を取り直したように続けた。
「いや、こちらこそ説明不足だった。猫を抱えた時もうまく移動できたから、キミのことも抱きしめたらワープできると思うんだけど」
「抱きしめ……」
(そんな!抱きしめるなんて!家族以外としたことないのに⁉︎)
突然のことに頭が真っ白になる。
私がいくら……一般的にはズレてる令嬢だとしても多少の常識や羞恥心くらいはある。
「うーん……。抱きしめるより、いっそ抱えた方が危なくないか」
ふむ、と自己完結したのか王太子殿下は、あたふたしている私などには気にも留めてない様子で、さらに不穏な言葉を呟いていた。
「その方が良さそうだな」
「わっ、私なんかを抱きしめたら汚れます!」
「何言ってんの。公爵家の令息が」
「だって、えっと、王太子殿下にあらせられましては……」
「はいはい、わかったわかった」
「えっ!ちょっ……」
次の瞬間、体がふわっと持ち上がった。
すくい上げられるように抱きかかえられた、と理解するまでに時間がかかる。
実際はほんの僅かな……瞬きをするくらいの時間だったかもしれない。
そして、背中と足に王太子殿下の腕の温もりを感じたと思う間もなく、半身がぎゅうっと密着するのがわかった。
「危ないから、ちゃんと掴まって」
「?」
「僕の首に腕を回して」
「は、はいっ!」
王太子殿下の勢いに押され、私は言われた通りに王太子殿下の首に腕を回した。
恥ずかしいのと畏れ多いのとで、王太子殿下の顔を見られない。
ギュッと目を瞑って俯いていたら、頭上から、
「アルフレート」
と降ってきたのは王太子殿下の声。
恐る恐る顔をあげてみると、柔らかい空色の瞳が優しく細められた。
「よくできました」
どきん!
……と、王太子殿下の瞳と出会った瞬間、びっくりするくらい心臓が飛び跳ねたのがわかった。
(なに、これ!)
どくん、どくん、と突然心音が早まって……。
「じゃ、今度こそ行くよ」
「……!」
急に現れた不整脈に慄いている間に、私の初めての瞬間移動は終わったのである。
ヴィルヘルム王太子殿下は「無理だ」とわかっていて聞いているようだった。
それはそうだろう。
事前に魔道具の指輪を調べて、殿下を泳がせ、わざわざ出口で張っていた私が見逃す理由がない。
答え合わせの必要もないくらいだ。
「王太子殿下こそ、このままお戻りにはなりませんよね」
イタズラが見つかった少年みたいな顔をしている殿下に、私もダメ元で尋ねてみる。
そして、
「うん、そうだね。行きたい場所があるから」
王太子殿下からの返事も予想通りのものだった。
ならば、
「せめて、私も一緒に連れて行ってくださいませんか?」
真剣な眼差しで尋ねたつもりだったのに、私の顔を見た王太子殿下は、ぷっ、と吹き出した。
「?」
「ごめん。……だって君の顔に、連れてかなきゃ今すぐ報告に行くって書いてあるからさ」
「えっ、うそ!」
私は慌てて自分の顔に触ってみたが、手のひらではわかるはずもなく。
それを見て王太子殿下は、
「ふっ……ごめん。比喩だから」
と、さらに笑いが止まらなくなったようだった。
(もー……ヒトがまじめにやってるのに)
つい感情が隠しきれなかった私の膨れっ面に、王太子殿下は優しい顔になる。
「わかったよ、アルフレート。一緒に行こう」
「いいんですか?」
「選択肢がなさそうだからね。さ、決まったならすぐに出よう。追手が来る前に」
王太子殿下はふいに私の左手を取った。
冷たく、優しい手が私を引っ張る。
「こっちだよ、共犯者くん」
駆け出す王太子殿下に連れられ、私も王宮を背中に走り出した。
♢
王宮から城下町に出るには馬車を使うのが一般的だ。
正門から出て銀杏並木をしばらく走り、城と街を繋ぐ橋を渡れば、そこは王都ゼステリロ=ルカスが誇る城下町だった。
だが、当然のように橋の両端には兵士達が立っている。
私はずっと不思議に思っていた。
王太子殿下はいったいどのようにして橋を渡るのか、どのようにして城下へと移動していたのか。
以前から王太子殿下を見護っていたジェイは、見ればわかる、って言ってたけど。
私は殿下に疑問をぶつけてみる。
「城下への移動?」
「はい、どうやって移動するのですか?橋のたもとに見張りの兵士達がいるのに?」
ああ、と王太子殿下は軽く頷くと、被っていたキャスケットを外してみせた。
「それはこの帽子の出番なんだ」
「?」
今度は私の顔にクエスチョンマークでもついていたのだろう。
王太子殿下は笑いを噛み殺(……せてないが努力は認めよう)すと、
「これも魔道具なんだ。ごくごく近場にワープできる」
「えっ!なんで王太子宮で使わないんですか?」
だって王太子宮で使えば、見えなくなる指輪を使ったり、抜け穴を潜り抜けたりしなくても、すぐに行きたい場所に移動できるじゃない。
「ごくごく近場って言ったろう。残念だけど王太子宮からだと遠すぎてね」
王太子殿下は、さほど残念そうでもない様子で肩をすくめた。
(見えなくなるけど気配は消せない指輪、短距離だけしかワープできない帽子……。なんだか中途半端というか……昔の魔道具みたい)
魔道具は日進月歩、日々進化している。金額はアレだが、最近では姿を消して気配も消せるようなマントや指輪も販売されているし、好きな場所にワープできる宝石なども高位貴族の間では人気らしい。
王太子殿下なら、手に入れることはさほど難しいことではないだろう。
私の疑問を察知して、王太子殿下はこう続けた。
「それに王宮全体には強力な魔力を弱める魔法がかけられてるから、どちらにしても強い魔道具ほど使えない」
……そうだった。王太子宮も含め、宮殿には外部からの侵入を防ぐために、一定以上の魔力を弱体化させる魔法がかけられている、と以前アルフレートから聞いたことがある。
移動魔道具も普及しつつある今、その対策は必要不可欠なことだった。
私が知らないだけで、もしかしたら魔弾銃も元々弱体化の対象だったのかもしれない。
「さあ、行こう。……と言いたいところだけどアルフレート、」
「はい」
いつもふわふわ笑っている印象の王太子が、真面目な顔をしている。
「このキャスケットは一人用なんだ。でも一度、猫を抱えたまま移動したことがあってね」
「はい?」
「お互い望まないとは思うけど、ちょっと失礼」
王太子殿下が私の瞳を一瞬見つめた後、突然覆い被さってくる。
あまりにも急だったので私は思わず、
「きゃっ」
と、王太子殿下を突き飛ばしてしまった……!
「きゃっ?」
(しまった!)
反射的に出てしまった反応で、危うく王太子殿下に尻餅をつかせてしまうところだった。幸いよろけただけで済んだみたいだけど……。
「申し訳ありませんっ!」
(殿下を突き飛ばすなんて、完全に不敬罪だわ!)
焦ってすぐに謝罪したが、王太子殿下は違うところが気になっているようだった。
「今、きゃっ、て言った?」
「いえ……ひ、ひゃっ!です。ひゃっ!」
「そう?」
(そっちか!)
私はブンブン!と、頭がもげそうなほど頷いた。
こんなことで、アルフレートと入れ替わっていることがバレるわけにはいかない。
王太子殿下は、若干釈然としない表情を見せていたが、気を取り直したように続けた。
「いや、こちらこそ説明不足だった。猫を抱えた時もうまく移動できたから、キミのことも抱きしめたらワープできると思うんだけど」
「抱きしめ……」
(そんな!抱きしめるなんて!家族以外としたことないのに⁉︎)
突然のことに頭が真っ白になる。
私がいくら……一般的にはズレてる令嬢だとしても多少の常識や羞恥心くらいはある。
「うーん……。抱きしめるより、いっそ抱えた方が危なくないか」
ふむ、と自己完結したのか王太子殿下は、あたふたしている私などには気にも留めてない様子で、さらに不穏な言葉を呟いていた。
「その方が良さそうだな」
「わっ、私なんかを抱きしめたら汚れます!」
「何言ってんの。公爵家の令息が」
「だって、えっと、王太子殿下にあらせられましては……」
「はいはい、わかったわかった」
「えっ!ちょっ……」
次の瞬間、体がふわっと持ち上がった。
すくい上げられるように抱きかかえられた、と理解するまでに時間がかかる。
実際はほんの僅かな……瞬きをするくらいの時間だったかもしれない。
そして、背中と足に王太子殿下の腕の温もりを感じたと思う間もなく、半身がぎゅうっと密着するのがわかった。
「危ないから、ちゃんと掴まって」
「?」
「僕の首に腕を回して」
「は、はいっ!」
王太子殿下の勢いに押され、私は言われた通りに王太子殿下の首に腕を回した。
恥ずかしいのと畏れ多いのとで、王太子殿下の顔を見られない。
ギュッと目を瞑って俯いていたら、頭上から、
「アルフレート」
と降ってきたのは王太子殿下の声。
恐る恐る顔をあげてみると、柔らかい空色の瞳が優しく細められた。
「よくできました」
どきん!
……と、王太子殿下の瞳と出会った瞬間、びっくりするくらい心臓が飛び跳ねたのがわかった。
(なに、これ!)
どくん、どくん、と突然心音が早まって……。
「じゃ、今度こそ行くよ」
「……!」
急に現れた不整脈に慄いている間に、私の初めての瞬間移動は終わったのである。

