私達は帰りの馬車に揺られていた。
首都であるゼステリロ=ルカスから、我がラインフェルデンの領地まで馬車で一刻半はかかる。
賑やかな街の喧騒を抜け鄙びた農村地帯に入る瞬間が、私はとてつもなく好きだった。
馬車に乗る前に覚悟をしていたアルフレートからのお説教大会だが、驚くことに私の軽はずみな行動に対する叱責は、思ったよりも軽く済んだ。
一方的にライマーが絡んできたことは私からも説明したが、決め手はフロリアン王女とエデルガルトからの援護射撃だった。
王女宮から王太子宮の裏庭への移動中アルフレートはふたりから、ライマーがこのひと月で起こしまくったトラブルの数々を、それは事細かに聞かせてもらったそうなのだ。
そこでアルフレートは、自分の予想以上にライマーが愚かだったことを理解したらしい。
……なので決闘を申し込まれたのは仕方がない、無視しなかったのはよくなかったが、立ち回りとしては悪くなかった、という結論に落ち着いたようだった。
「それにしても、魔弾銃か……」
ライマーの父親であるロイス伯爵の魔弾銃コレクションの話をすると、アルは一瞬興味深そうな顔をしたが、すぐに表情を曇らせた。
「本当にコレクションしてただけなのかな?」
「どういうこと?」
「噂程度だけどね。貴族間の中では、最近のロイス伯爵家は羽振りが良くなった、って言われてたんだ。首都で絵画や高級な家具を買って領地に運ばせたりしてたから、目立ってたのもあるけど」
「急に芸術に目覚めたんじゃなくて?」
私の回答を聞いたアルは嫌そうな顔をして、ため息をついた。
「あのね、芸術に目覚めても、お金がなかったら買えないんだよ」
「そのくらいわかってるわよ」
全くロッテときたら、と言いたげなアルの物言いに、私は唇を尖らせる。
「昨年アデスグラントが、何年振りかの長期的な大雨に見舞われたのを覚えてる?」
もちろん忘れるわけがない。長雨のせいで、大好きなお祭りが二つも中止になったのだ。
「覚えてるわよ。夏のランタン祭りから秋の収穫祭までずっと雨だったじゃない」
「ロッテはのんきだな」
と、私の回答に、アルは二回目の溜め息を吐く。
「……や、でも豊作を願うお祭りと農業は遠からずか……」
「なによ。またイヤミ……」
「ちがうよ。雨が長引くということは、どの領地も農作物が不作になるってことだよね。不作になれば収穫量が減る。売るものがなければ、それだけ入ってくるお金が少なくなる」
「う、うん……」
「国からの特令によって税金はいくらか免除されたけど、急にお金持ちになった貴族なんて、昨年に限っては存在しないはずなんだよ」
なるほど。つまりアルは、ロイス伯爵家が理由もなく急にお金持ちになったことを不審に思っているのね。
「領地が潤ったわけでもなく、鉱山を所持してもいないロイス伯爵家が、急に羽振りがよくなった。そんなロイス伯爵家は外務大臣に近い立場で……。そこに他国の貿易商が絡んできて、さらには魔弾銃を集めていた……となればこれはもう、」
口を挟む間もなく、アルフレートはひとりの世界に入ってしまった。
(こうなると、周りが何を言っても聞こえなくなっちゃうのよね)
私と違い、体が弱かったアルフレートは、幼い頃からベッドの上にいることが多かった。
実際に外に出て走る回ることはできなかったけど、空想の中ではたくさん駆けずり回ってたよ、といつだったか笑いながら教えてくれたのを覚えている。
アルにとって、想像の世界こそがアイデンティティなのかもしれない。
だから私は、アルがひとりの世界に入ってる時はそっと見守ることにしてる。
現実に戻ってきた時に、いつも通りのアルでいられるように。
私はひとり、馬車の外を見た。
窓から流れていく景色は、王太子宮で起こったことが嘘みたいに長閑そのものだ。山々の所々には黄檗や淡紅色の塊が見え、いよいよ春の訪れが近いことを教えてくれているようだった。
暫くひとりの世界に帰ってこれないだろうな、と思っていたアルから、
「ねえ、ロッテ」
と急に呼ばれて心臓が飛び跳ねる。
が、アルはそんな私には気づかない様子で、意外なことを口にした。
「もしかしたらさ、あとで父上からお褒めの言葉をもらえるかもしれないよ」
言葉の内容は晴れがましいことなのに、アルフレートの表情は曇ったままだった。
♢
夜遅くに屋敷へと戻ってきた父に、私たちは書斎へと呼ばれた。そこには嬉しくて仕方ないといった父が待っていて、アルの予言通りにお褒めの言葉を賜った。
「お前たち〜、よくやってくれだぞ!」
いつも柔和な父の顔がさらに崩れまくっている。
(だいぶお酒が入ってるわね)
父の隣にいる母も苦笑いしているが、どこか嬉しそうにも見える。
「アルフレートの刺繍の腕が実に素晴らしいと、フロリアン様から褒めていただいたのだ。侍女長のウェイバー夫人からも、そなたの振る舞いがとても優雅で見事だったと!」
「光栄です、父上」
「光栄なのは父の方だと言っている!」
ご機嫌な父はアルフレートをぎゅうっと抱きしめると、頭をわしゃわしゃと撫でくりまわした。
(三歳の子供と間違えてるわね)
アルはといえば、迷惑そうな、それでもほんの少し嬉しそうな複雑な顔をしている。
父はアルを抱きしめたまま私の方に顔を向けると、
「シャルロッテ、そなたもだ!大立ち回りの末、魔弾銃を持ったロイスの息子をやっつけたそうではないか!」
「お父さま……!」
(言い方が……もう少し柔らかく……)
母の方を見るのが怖い。
(初日から暴れるなんて!って叱られるに決まってるわ)
ギュッとつぶっていた瞳を開いて、恐る恐る母の方に目を遣ると、
「怪我はありませんでしたか?」
どうやら今夜は雷が落ちないようだった。そればかりか、心配そうな母に優しく抱きしめられた。母の懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
(小さい子供に戻ったみたいだわ)
やがて母は、私の顔にかかった髪を優しく耳にかけ、頬を撫でてくれた。
「ロイス伯爵家の密貿易に巻き込まれたと聞きました。他国から買い求めた武器をこの国で売り捌いてたと……」
恐ろしいことを……、と続けた母に、父の抱擁から脱出したアルフレートが、
「やはりそうでしたか」
と呼応した。
「国王陛下はいたくご立腹でな。背任罪に密貿易、国家反逆罪、息子の不敬罪にシャルロッテへの殺人未遂罪、」
「私は殺されかけたりしてないわよ」
「でも銃を向けられたのは確かだよ。証人もたくさんいるんだから」
アルフレートの言葉に、
「まあ、そうだけど……」
私は頷くしかできない。
『逆立ちで断頭台にあがってやるよ。百万が一もないけどな』
(……まさか本当にあがったりはしないわよね……)
半日前まで憎たらしいほど威勢が良かったライマーを思い出す。
自業自得だとはわかっていても、項垂れたまま連れられていったライマーを思うと、なんとなく後味の悪さを感じてしまうのだ。
「お父さま、ロイス伯爵はどうなったの?」
「首都の屋敷にいたところを捕縛された。奥方とご令嬢二人は実家に戻られたと聞いたが、本人は地下牢に息子と共に収監されている。爵位剥奪の上、……あとは今後の裁判次第だろうな……」
父は言葉を濁すと、流石に難しい顔になった。
父にすればロイス伯爵は、つい最近まで月に一度の貴族会議で顔を合わせていた仲間だ。やはり父も複雑な気持ちなのかもしれなかった。
「ライマーには兄がひとりいたと記憶していますが」
(そういえば、最初に「ロイス家の次男に気をつけて」と言ったのはアルだったわね)
「長男は領地にいるはずだったのだが、屋敷にはいなかったそうだ。だが兵士たちが一丸となって探している。見つかるのは時間の問題だろう」
「……痛いですね。ロイス伯爵家は王太子派でしたから」
アルフレートのその言葉で、ハッと思い出した。
行きの馬車の中でアルが言いかけていた言葉を。
「うちは王太子派だしね。それでなくても不安定なご立場なのに……」
(そうだ、不安定な立場って言ってた……)
「ねえ、どうして王太子殿下は不安定なお立場なの?」
アルフレートは、私の質問にすぐにピンと来たようだった。
「それは……」
「ヴィルヘルム王太子殿下は、現国王陛下の本当のご子息ではないからだ」
答えをくれたのはアルフレートではなく、いつも通りの穏やかな顔に戻った父だった。
首都であるゼステリロ=ルカスから、我がラインフェルデンの領地まで馬車で一刻半はかかる。
賑やかな街の喧騒を抜け鄙びた農村地帯に入る瞬間が、私はとてつもなく好きだった。
馬車に乗る前に覚悟をしていたアルフレートからのお説教大会だが、驚くことに私の軽はずみな行動に対する叱責は、思ったよりも軽く済んだ。
一方的にライマーが絡んできたことは私からも説明したが、決め手はフロリアン王女とエデルガルトからの援護射撃だった。
王女宮から王太子宮の裏庭への移動中アルフレートはふたりから、ライマーがこのひと月で起こしまくったトラブルの数々を、それは事細かに聞かせてもらったそうなのだ。
そこでアルフレートは、自分の予想以上にライマーが愚かだったことを理解したらしい。
……なので決闘を申し込まれたのは仕方がない、無視しなかったのはよくなかったが、立ち回りとしては悪くなかった、という結論に落ち着いたようだった。
「それにしても、魔弾銃か……」
ライマーの父親であるロイス伯爵の魔弾銃コレクションの話をすると、アルは一瞬興味深そうな顔をしたが、すぐに表情を曇らせた。
「本当にコレクションしてただけなのかな?」
「どういうこと?」
「噂程度だけどね。貴族間の中では、最近のロイス伯爵家は羽振りが良くなった、って言われてたんだ。首都で絵画や高級な家具を買って領地に運ばせたりしてたから、目立ってたのもあるけど」
「急に芸術に目覚めたんじゃなくて?」
私の回答を聞いたアルは嫌そうな顔をして、ため息をついた。
「あのね、芸術に目覚めても、お金がなかったら買えないんだよ」
「そのくらいわかってるわよ」
全くロッテときたら、と言いたげなアルの物言いに、私は唇を尖らせる。
「昨年アデスグラントが、何年振りかの長期的な大雨に見舞われたのを覚えてる?」
もちろん忘れるわけがない。長雨のせいで、大好きなお祭りが二つも中止になったのだ。
「覚えてるわよ。夏のランタン祭りから秋の収穫祭までずっと雨だったじゃない」
「ロッテはのんきだな」
と、私の回答に、アルは二回目の溜め息を吐く。
「……や、でも豊作を願うお祭りと農業は遠からずか……」
「なによ。またイヤミ……」
「ちがうよ。雨が長引くということは、どの領地も農作物が不作になるってことだよね。不作になれば収穫量が減る。売るものがなければ、それだけ入ってくるお金が少なくなる」
「う、うん……」
「国からの特令によって税金はいくらか免除されたけど、急にお金持ちになった貴族なんて、昨年に限っては存在しないはずなんだよ」
なるほど。つまりアルは、ロイス伯爵家が理由もなく急にお金持ちになったことを不審に思っているのね。
「領地が潤ったわけでもなく、鉱山を所持してもいないロイス伯爵家が、急に羽振りがよくなった。そんなロイス伯爵家は外務大臣に近い立場で……。そこに他国の貿易商が絡んできて、さらには魔弾銃を集めていた……となればこれはもう、」
口を挟む間もなく、アルフレートはひとりの世界に入ってしまった。
(こうなると、周りが何を言っても聞こえなくなっちゃうのよね)
私と違い、体が弱かったアルフレートは、幼い頃からベッドの上にいることが多かった。
実際に外に出て走る回ることはできなかったけど、空想の中ではたくさん駆けずり回ってたよ、といつだったか笑いながら教えてくれたのを覚えている。
アルにとって、想像の世界こそがアイデンティティなのかもしれない。
だから私は、アルがひとりの世界に入ってる時はそっと見守ることにしてる。
現実に戻ってきた時に、いつも通りのアルでいられるように。
私はひとり、馬車の外を見た。
窓から流れていく景色は、王太子宮で起こったことが嘘みたいに長閑そのものだ。山々の所々には黄檗や淡紅色の塊が見え、いよいよ春の訪れが近いことを教えてくれているようだった。
暫くひとりの世界に帰ってこれないだろうな、と思っていたアルから、
「ねえ、ロッテ」
と急に呼ばれて心臓が飛び跳ねる。
が、アルはそんな私には気づかない様子で、意外なことを口にした。
「もしかしたらさ、あとで父上からお褒めの言葉をもらえるかもしれないよ」
言葉の内容は晴れがましいことなのに、アルフレートの表情は曇ったままだった。
♢
夜遅くに屋敷へと戻ってきた父に、私たちは書斎へと呼ばれた。そこには嬉しくて仕方ないといった父が待っていて、アルの予言通りにお褒めの言葉を賜った。
「お前たち〜、よくやってくれだぞ!」
いつも柔和な父の顔がさらに崩れまくっている。
(だいぶお酒が入ってるわね)
父の隣にいる母も苦笑いしているが、どこか嬉しそうにも見える。
「アルフレートの刺繍の腕が実に素晴らしいと、フロリアン様から褒めていただいたのだ。侍女長のウェイバー夫人からも、そなたの振る舞いがとても優雅で見事だったと!」
「光栄です、父上」
「光栄なのは父の方だと言っている!」
ご機嫌な父はアルフレートをぎゅうっと抱きしめると、頭をわしゃわしゃと撫でくりまわした。
(三歳の子供と間違えてるわね)
アルはといえば、迷惑そうな、それでもほんの少し嬉しそうな複雑な顔をしている。
父はアルを抱きしめたまま私の方に顔を向けると、
「シャルロッテ、そなたもだ!大立ち回りの末、魔弾銃を持ったロイスの息子をやっつけたそうではないか!」
「お父さま……!」
(言い方が……もう少し柔らかく……)
母の方を見るのが怖い。
(初日から暴れるなんて!って叱られるに決まってるわ)
ギュッとつぶっていた瞳を開いて、恐る恐る母の方に目を遣ると、
「怪我はありませんでしたか?」
どうやら今夜は雷が落ちないようだった。そればかりか、心配そうな母に優しく抱きしめられた。母の懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
(小さい子供に戻ったみたいだわ)
やがて母は、私の顔にかかった髪を優しく耳にかけ、頬を撫でてくれた。
「ロイス伯爵家の密貿易に巻き込まれたと聞きました。他国から買い求めた武器をこの国で売り捌いてたと……」
恐ろしいことを……、と続けた母に、父の抱擁から脱出したアルフレートが、
「やはりそうでしたか」
と呼応した。
「国王陛下はいたくご立腹でな。背任罪に密貿易、国家反逆罪、息子の不敬罪にシャルロッテへの殺人未遂罪、」
「私は殺されかけたりしてないわよ」
「でも銃を向けられたのは確かだよ。証人もたくさんいるんだから」
アルフレートの言葉に、
「まあ、そうだけど……」
私は頷くしかできない。
『逆立ちで断頭台にあがってやるよ。百万が一もないけどな』
(……まさか本当にあがったりはしないわよね……)
半日前まで憎たらしいほど威勢が良かったライマーを思い出す。
自業自得だとはわかっていても、項垂れたまま連れられていったライマーを思うと、なんとなく後味の悪さを感じてしまうのだ。
「お父さま、ロイス伯爵はどうなったの?」
「首都の屋敷にいたところを捕縛された。奥方とご令嬢二人は実家に戻られたと聞いたが、本人は地下牢に息子と共に収監されている。爵位剥奪の上、……あとは今後の裁判次第だろうな……」
父は言葉を濁すと、流石に難しい顔になった。
父にすればロイス伯爵は、つい最近まで月に一度の貴族会議で顔を合わせていた仲間だ。やはり父も複雑な気持ちなのかもしれなかった。
「ライマーには兄がひとりいたと記憶していますが」
(そういえば、最初に「ロイス家の次男に気をつけて」と言ったのはアルだったわね)
「長男は領地にいるはずだったのだが、屋敷にはいなかったそうだ。だが兵士たちが一丸となって探している。見つかるのは時間の問題だろう」
「……痛いですね。ロイス伯爵家は王太子派でしたから」
アルフレートのその言葉で、ハッと思い出した。
行きの馬車の中でアルが言いかけていた言葉を。
「うちは王太子派だしね。それでなくても不安定なご立場なのに……」
(そうだ、不安定な立場って言ってた……)
「ねえ、どうして王太子殿下は不安定なお立場なの?」
アルフレートは、私の質問にすぐにピンと来たようだった。
「それは……」
「ヴィルヘルム王太子殿下は、現国王陛下の本当のご子息ではないからだ」
答えをくれたのはアルフレートではなく、いつも通りの穏やかな顔に戻った父だった。

