辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

風に煽られた髪を、
ファティマが必死に抑えようとして
手をもたつかせていると——

「……あの。もし嫌じゃなければ、手伝っても?」

デクランの声は心なしか緊張していた。
断られると思っているような声音。

ファティマは一瞬だけ迷って、
ゆっくりとうなずいた。
「お願い……できるかしら。」

その一言でデクランの手が止まる。
緊張で固まりつつ、そっと背後に立つ。

風に揺れるファティマの髪を、
指先の熱が触れないように、
触れてしまわないように、
慎重にすくい上げて結んでいく。

髪が触れれば、それだけで心が乱れそうで。

ファティマはくすぐったそうに肩をすくめる。
「優しいのね、デクラン。」

「ち、違う。ただ……海風に煽られるとあなたの美しい髪が傷んでしまうと思って……!」

「ふふ。お気遣いありがとう。」

結い終わり、デクランは手を離した。
ただ髪に触れただけなのに、
お互いの心臓は跳ねるほど高鳴っていた。

ファティマが振り返る。
「あなたの紐……しばらく借りていていい?」

その微笑みは、
夜明けの光よりまぶしくて。
デクランは言葉にならず、
こくこくとうなずくだけしかできなかった。

——昨日より確かに、近い。

でも、まだ触れ合わない優しさがあって。
その距離感が、
かえって胸を締めつけるように甘く、
二人の心を支配していく。