辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

それからしばらくして。

夜の名残がほのかに漂う薄明の空の下、
一行は静かに隠れ家を後にした。
カーティスが手配した辻馬車には、
年季の入った木箱や荷物が積まれ、
いかにも「商人一家の旅」という雰囲気を
醸し出している。

レオナードは粗野な外套を羽織り、
立派な“商人の父親”の顔つきに。
デクランとカーティス、マリナは三兄妹として
自然な距離感で並ぶ。
そしてファティマは――

長男デクランの婚約者役という設定。

彼の隣に座り、
控えめだが上品な衣装で、
なるべく“普通の娘”らしく振る舞っている……
つもりなのだが。

(……私、ちゃんと普通の女の子になれているかしら??)
ファティマは少し不安げに視線を落とす。
生まれてこの方、
ずっと皇女だった自分には
庶民の「普通」は分からない。

そんなファティマの不安を感じ取ったのか、
デクランは小声で囁いた。
「大丈夫だよ。堂々としていればいい。」

その言葉にファティマはわずかに微笑む。

馬車は順調に王都を離れ、東へ。
道は混雑もなく、予定通り進んでいた。
見えるはずのない地平線の向こうに、
すでに港町ケルダの海の匂いがするようだった。