辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

「もう一度……呼んでほしいのです。名前で」

デクランは固まった。
だが逃げ場はない。
ファティマの瞳が、期待に揺れている。

デクランはぎゅっと喉を鳴らし――
「……ファティマ」
と囁くように呼んだ。

愛する人の口から、
耳に落ちた自分の名前。
その響きに、ファティマの胸が甘く痺れた。

そして彼女は微笑む。
少しだけ意地悪に、少しだけ大胆に。
「二人きりの時は、またそう呼んでくれると嬉しい」

細い指先が、
ふわりとデクランの服の裾をつまむ
デクランは真っ赤になり、息を呑む。

ファティマはその反応に、
胸をぎゅっと掴まれたようなときめきを覚えた――
けれど、そっと手を離す。

「あまりゆっくりもしていられませんね……明日、逃げ切るためにも、今は休まなければ」

微笑みだけ残して去っていくファティマ。
その背中を、
デクランはしばらく呆然と見送っていた。