朝の光がまだ柔らかく街を包む中、
ファティマは皇城の大広間に立っていた。
扉の向こうには、見慣れた帝都の街並み
――そして泣きながら手を振る民衆の姿があった。

「ファティマ様……行かないで……!」
「皇女様、お気をつけて!」

声がいくつも重なり、
胸の奥に鋭い痛みを刺す。
別れを告げる彼女の前に居並ぶ貴族たちの中には
帝国に多大な貢献をしてきたファティマに
あまりの仕打ちだと
憐れみの目を向ける者も少なくなかった。

しかし、
その気持ちを言葉に出すものはいない。
絶対権力者であるはずの皇帝は
高齢により政務を半ば引退状態。
実権はほとんど皇太子が握っており、
ファティマの追放を決定したのは
その皇太子なのだから。
ここでファティマを慮って
皇太子の意に反する発言をすれば、
帝国での立場を失うことになる。

自分を溺愛し、重用してくれた皇帝はいない。
頼みの母は皇太子となった息子を支持している。
つまり、味方はいない。
彼女は、何度も深呼吸を繰り返し、
涙を必死に堪えた。

視線の先に立つ弟、クレオールの冷たい目は、
一片の情けもない。
皇帝の椅子を狙う新しい皇太子の目は、
姉に向けるべき愛情を微塵も感じさせなかった。