侯国を逃げ出したいと、
ファティマが思いを強めていたその頃。

ファティマの祖国ドラゴニア帝国にも
不穏な影が忍び寄っていた。
「皇太子クレオール殿下は苛烈すぎる」
「税の増額? こんな暮らし、もう無理だ……」

クレオールの政治は強硬で冷たく、
民は疲弊し、
地方貴族たちも不満を募らせていた。

そんな中――
ついに、皇帝が崩御したのだ。

帝都全体がざわめき、動揺が走る。

本来なら皇帝の後継として祝福されるはずのクレオールも、
民衆の冷たい視線を感じていた。

だからこそ――
焦っていた。

「……そうだ。姉上がいるではないか」

かつて自分が厄介払いした皇女ファティマ。
民に愛され、外交にも尽力した名声は今も強い。
姉上を呼び戻せば、民心は少しでも戻る……
クレオールはそう計算した。

そしてすぐに、
侯国へ正式な勅使を送る。
「皇帝の葬儀、および新皇帝クレオール陛下の戴冠式へのご出席を願いたい」

ファティマは迷ったが――
ドラゴニアに残してきた、
かつての家族のハレの日を見守る責務を感じていた。
そして侯国の立場を保つため、
侯爵ドノヴァンと共に出席することを決める。