夢のような時間はあっという間だ。

侯国に戻ると、
いつもの冷たく重い空気が迎えた。
ドノヴァン侯は相変わらず、
政務より酒と愛人に夢中で、
ファティマには興味を示さない。
「溜まった仕事、さっさと片付けてくれ」

帰国の挨拶に訪れた妻の顔を見ることもなく、
吐き捨てるように言い残して、
愛人とベッドルームに消えていった。

「侯妃様、会議の資料をまとめておきました」
重く沈んだ心を抱え、
ファティマは政務に取りかかる。
家臣たちはファティマを慕い、
少しでも役に立とうと頑張ってくれている。
彼らの気遣いはありがたいが、
それでも侯国の現実は変わらない。

なんとか仕事を片付けて自室に戻る。
その夜、
ファティマは窓の外に広がる月光を見つめながら、
アズールティアでの時間を思い返していた。

篝火の夜、デクランと踊ったこと。
子どもたちに笑いかけられたこと。
そして、
デクランがそっと手を差し伸べてくれた瞬間――

「……なんて優しい人なんだろう……」
胸の奥がじんわり熱くなる。
侯国では味わえなかった、
誰かに気遣われ、守られる温かさ。

その思いが、
胸の奥で少しずつ膨らみ始める。

孤独、重圧、やり場のない苛立ち
――侯国に戻った途端、
すべてが心を押し潰すようだった。