ファティマ達が港の広場に差し掛かると、
突然、歓声が上がった。

「おおっ! 我らの王子デクランが美人のお嫁さんを連れてきたぞー!」
「うわー、別嬪のお姫様、ようこそアズールティアへ!」
「ついに王子に嫁が来た! 最高だ!」

国民たちの大はしゃぎに、
デクランは慌てて頭を抱え、赤面する。

「ち、違う! 彼女は……ドノヴァン侯国の正妃様で、親善のために来てくださっただけだ。僕のお嫁さんじゃないよ!」
必死に否定する姿が、
かえって可愛らしく見える。
ファティマはその様子を見て、
思わず笑みがこぼれた。

(……嫌じゃないわね、こういう勘違い)
胸の奥がふわりと温かくなる。
侯国での孤独や絶望の時間が、
まるで夢のように遠く感じられた。

人々は、彼女を自然に受け入れた。
港の子どもたちは手を引いて広場を案内し、
商人たちは地元の特産品を勧める。
漁師たちは「お嬢さんも魚を触ってみて!」
と笑顔で声をかける。

ファティマはゆっくりと深呼吸した。
あたたかい笑顔と、
自然体で近づいてくる人々の距離感――
今までは味わえなかった、
心をほぐす時間だった。

デクランは彼女の横で微笑み、
さりげなく手を添える。
「ここなら、少しは休めそうですか?」

「ええ……ここなら、私も少しは笑えそう」
ファティマの瞳は、
初めて侯国で見せたことのない輝きを帯びる。

「良かった。僕はあなたのそんな笑顔を見たかったんです。」
デクランの優しい言葉に、
ファティマの頬は赤く染まった。