ドノヴァン侯爵が失脚した頃、
帝都の空気も一気に不穏さを増していた。

ファティマは見つからず、
自身の求心力の低下に歯止めがかからず、
クレオールはますます焦りを募らせていた。

皇帝の不穏な政治を見限った貴族たちが
少しずつ距離を取りはじめ、
帝国中で〈皇弟ビンセント〉を称える声が
静かに広がり続けている。

そしてその裏には、
誰にも知られず影のように動き回る男の姿がある。
——他でもない、ビンセント自身だった。

姉ファティマの脱出を見届けた後、
彼は護衛数名だけを連れて
帝国の北から南まで駆け回り、
農民・商人・職人・兵士たちと直接言葉を交わし、
自身への支持を着実に拡げていた。

クレオールの独裁的な圧力により、
最初は密かに、
やがて確信として——
国民たちの心はビンセントへと傾き始める。

しかし、
クレオールも馬鹿ではない。
弟の動きを察した皇帝は恐怖に駆られた。

父帝から愛され、
帝国の象徴だった姉ファティマを追放したあの日から、
帝国から温もりが消えたのは彼自身も分かっていた。

「国は俺のものだ。俺の手で再び偉大にするのだ！」
異母兄マルヴァリスの失脚により、
遂に手に入れた皇帝の座。
病的な執着と恐怖が混ざり、
彼はついに禁断の策へ踏み込んだ。

秘密警察（シャドウガード）による
風紀の取り締まりである。
秘密警察を帝国全土に放ち、
　“反クレオール的な噂話”をしただけで
十分な審議もないまま、
平民を牢に放り込んでいく。