辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

愛しい女性が
ついに自分のところに
やって来てくれたというのに
デクランはつい習慣で、
「侯妃様、まず治療を……」
と言ってしまう。

するとファティマは顔を上げて、
小さく首を振った。
「私はもう侯妃ではないわ。ましてや皇女でもない。
ねぇデクラン……名前で呼んで。あの時みたいに。」

かすかに甘えた声音。
頬の腫れを庇うように触れた
デクランの指先が震える。
「……ファティマ。」

その呼び方ひとつに、
二人だけが知る熱がこもっていた。

ファティマは嬉しさのあまり泣きそうになり、
デクランの胸元をぎゅっと掴む。

その後大急ぎで
王宮へ運ばれたファティマは、
疲労と緊張が解けたせいで
倒れるように眠り続けた。

看病してくれたのは——
優しくてしっかり者の長姉アリアンヌ。

目を覚ましたファティマの腫れた頬に薬を塗り、
そっと髪を撫でながら微笑む。
「……よく頑張ったわね、ファティマ。」

その言葉は、
皇族としてずっと強くあろうとした
ファティマの心の堤防を、
一気に崩した。

「っ……アリアンヌ……様っ」

子どものように泣きじゃくるファティマを、
アリアンヌは母のように抱き寄せた。
「もう大丈夫。ここはあなたの味方しかいないわ。」

その光景を、
扉の外でデクランは胸を押さえながら聞いている。
彼女がやっと“守られる側”になれたことに、
心から安堵して。

そしてまた、
これからは自分こそが彼女を守るのだと
誓いを新たにして。