辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

大聖堂を後にしたファティマは
真っ直ぐに港へと向かった。
彼女が帰る場所はもうこの国にはない。

港の漁師に自分が嵌めていた指輪を握らせ、
「どうかアズールティアまで……お願い」
そう懇願して船乗せてもらったファティマ。

漁師の小舟に揺られ、
夜明け前に
アズールティアの港に辿り着いた。

その時──

「……あれは……? まさか……!」

デクランの2番目の姉であり、
港の総督夫人でもあるベリルが、
水揚げ視察の途中で小船を見つけた。
船縁に手をかけ、
ぐったりと寄りかかる女性の姿を見た瞬間、

「ファティマ様!?」

そう叫ぶや否や、
彼女はすぐさま港の男たちに命じて、
ファティマを救出する。

意識はあるものの、
ぐったりとしているファティマ。
ベリルは馬より速く走って駆け寄り、
すぐさま弟へ緊急の伝令を飛ばす。

ベリルからの報を聞いた瞬間、
デクランは机を倒す勢いで立ち上がり、

「ファティマが……!? 港だ、すぐ行く!」
王子らしからぬ勢いで、
兵士たちも追いつけない速度で馬を走らせる。

そして桟橋で——
ベリルの腕に支えられた
ファティマと目が合った。

少しやせた頬。
海風に乱れた髪。
その右頬には、
赤紫に腫れた痛々しい跡。

デクランは息が止まるほどの衝撃を受け、
次いで胸の奥に煮えたぎる激しい怒りが込み上げた。

「……あの男……」

声が震える。
だが次の瞬間、
ファティマはふらりと近づき、
そのまま勢いよく
デクランの胸へ飛び込んできた。

「デクラン……逢いたかった……」

あまりの素直さに、
デクランは一瞬固まった。
けれどもう躊躇わない。

「……やっと…帰ってきたんだね。僕のところに。」

力強く抱き返すデクラン。
その腕のぬくもりに、
ファティマはもう隠す必要がなくなった
恋心を全部ゆだねる。