ドラゴニア帝国王城。
夕陽が落ちるその瞬間、
帝都の空は赤く染まり、
燃えるような色に照らされた塔の上に、
ファティマは静かに佇んでいた。

今日、彼女は人生のすべてを奪われた。

“姉上。
あなたは――辺境のドノヴァン侯国へ嫁いでください。”

皇太子となったばかりの弟クレオールは、
冷たくそう告げた。

元々皇太子だった異母弟マルヴァリスは
先日、失脚した。
様々に繰り広げられた権力闘争を勝ち抜き
クレオールは皇太子の座を掴み取った。
ファティマは実の姉として弟を祝福し、
彼の力になろうと意気込んでいたのに。
力を持った途端、
彼は姉を追放するように辺境へ送りつけたのだ。

誰よりも国を愛し、帝国の未来を思い、
皇帝にも国民にも慕われていた彼女が。
そのニュースは驚きをもって
帝国中、そして諸外国に伝わった。

ファティマは胸に刺さる痛みを抑えきれなかった。
クレオールが自分を疎ましく思っていることには
薄々気がついていた。
女ながらに皇帝のお気に入りで、
重要な外交を任されている自分。
だからこそ、
自分は権力の座に執着はなく、
ただ弟のため、帝国のために
力を尽くしたいのだと
クレオールに理解してもらおうと
苦心していたのだ。

(帝国は……もう、私の故郷ではないのかもしれない)

静かに息を吐く。
夕景の美しさは、
彼女が生きてきた二十数年の誇りと矜持を
まるで包み込むようで――
同時に、
これから訪れる孤独を照らすようでもあった。